憧れはいつしか


「どうして……」


 気に入らないことも沢山あった。けれどそれ以上に楽しいことがあった学生時代――思い出されるのは強引で自分に正直な女の姿。


「どう、して」


 クィリナス・クィレルは膝を抱えるように座り、疑問を吐いた。


「どうして貴女がいるんだっ……」


 ハロウィンの夜会ったのは十数年ぶりに顔を見る女――鈴緒・小早川。イベントごとがある時には部屋に引きこもり、休暇となると極東の日本とかいう国に旅行に出かけて変な土産を買ってきていた。塩味とはなんだか違う味をした『センベー』だとか、茶のくせして苦い『リョクチャ』だとかを買ってきては授業中飲み食いしていた。

 魔法界は闇に包まれ、どこか鬱々とした気配が忍び寄ってきていたあの時代、当時闇側ではなかったクィリナスもそれに怯える一人だったが、あの小早川と一緒にいるときは違った。正規でないおかしな呪文を唱えたり(それが成功していたのだから彼女は天才だったのだろう)皆が羊皮紙に書きとりをしている間センベーをバリバリとむさぼったりしていた彼女の近くはとても暖かくて柔らかくて、どんな悩みも悲しみも消えてしまったのだ。

 彼女はもうホグワーツにいない、それを知りつつ、それに安堵しつつ――だが落胆を覚えながらクィリナスは闇の魔術に対する防衛術の教鞭を取った。彼女と同じ場所へ来たことに少しの喜びを感じていたのは確かで、教授用の部屋に入った時は、冷え切った四肢の隅々に熱い血が通った気がした。


「どうした、クィレル……」


 今は力が弱まっている彼の主が、かすれた声を出した。


「いいえ、なんでもありません我が君。声を出すのにも力を使います、どうぞお休みください」


 自分の後頭部に憑かねば存在さえ危うい主に、首を振って否定した。そして思い至る。あの人は、主と親密に言葉を交わしたではないか。つまり彼女は自分と同じ側――ヴォルデモートに属するのではないか?

 そういえば昔、噂が流れたことがあった。鈴緒・小早川はかの闇の帝王と親交がある、と。当時はそんなことがあるはずがないと鼻で笑った話――だが。


「そう、か」


 あの人は自分と同じなのだ。きっとあの当時からヴォルデモートの手だったのだ。だから案ずることはない、彼女はきっと、影から自分を支えようとしてくれているに違いないのだから……!


「そうか、そうか……ハハハ、ハハハハハ」


 天井に笑い声を上げる。なんと頼りになる助けだろう。我が君がどれほど無理なことを命じられたとしても、彼女の助けがあるのだ、何を苦痛に思う必要があるというのだ?


「私は成功する。――絶対に」


 クィリナス・クィレルは確信した。学生時代の憧れが、狂信に変わったのは――


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