求めよ、されど与えられぬ


 最近はレイノのいう『水出し』とかいう方法で淹れた紅茶を好んで飲んでいる。ゆっくりと抽出されるおかげか苦みが少ない。そういえば昨日、レイノが牛乳に茶葉を入れているのを見た。ミルクティーになるのやらどうやら。新聞を軽く畳んでティーカップに手を伸ばした。レイノが帰ってきたら一緒に飲もうと考える。と――


「せーんーぱーいっ! いるんでしょう、開けてください!」


 ガンガンと近所迷惑――騒音にクレームをつけてくるほど繊細な神経をした住人が住んでいるわけではないが――なノックと大声に、眉間が引き攣った。この家から六百メートルほど離れた場所に住んでいる、後輩の声だ。毎回嫌味な手紙を送りつけてくる邪魔な奴。

 仕方なく腰を上げ、玄関に向かう。全く、つい今の今までレイノとゆったりとした時間を過ごしていたというのに。玄関を開け、不機嫌に言う。


「帰れ」


 そこには自分と同じく黒髪の男が立っていた。だがいつもと違ってふてぶてしい表情でない。一体どうしたというのか?


「先輩、あの人が来てたんですか?」

「は? あの人――あいつか。いいや、来ているはずがないだろう」


 話題が娘のことではないことに驚いた。それにしてもあの女の話など何年ぶりにしたことだろうか? 『アデュー☆』とか言ってどこぞへ消えたあいつならいきなり帰ってきても驚きはしないが、帰ってきたとしたらあいつを一番心配している人間――この邪魔な後輩の元に真っ先に顔を出すだろうに。


「そうですか……いえ、つい今、そっくりな人を見かけたもので」

「ふん、そうか。――で、何の用だ。いつものあれか?」


 この後輩が何もなしに来るはずがない。


「はい、レイノちゃんの養育権についてです」

「帰れ」


 目の前で扉を閉めた。再び鳴り始める騒音。


「先輩っ! どうせ自信がないんでしょう、自分がレイノちゃんに選ばれないって! だから僕と会わせられないんですよね、全く自信が持てないくらいなら僕に権利を渡して下さい。ホグワーツで他人のガキの世話してレイノちゃんの世話をする余裕がないくらいですし、無責任な親として告発される前にサインしてください!」

「貴様は毎度同じことしか言わんな……」

「そりゃあそうですよ、当然じゃないですか。大丈夫です、書類はもうこっちで用意してありますから! 先輩は何の面倒もなく、ただサインするだけですよ」

「サインする気はない。さっさと帰れ」

「――強情な人ですね」

「貴様もな」

「今回はこれで引き下がりますけど。良いですか、絶対に僕は諦めませんからね」

「さっさと諦めろこの馬鹿」


 扉越しの会話も何度目のことやら。離れていく気配に、私は長くため息を吐くしかなかった。早く帰って来い、レイノ。お前に癒されたい。


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