彼女の名は


 スピナーズ・エンドの暗い通りを、全身真っ黒な青年――というには少し経験を重ねた男が早足に急いでいた。あまり家から出ないあの子が、先輩の目の届かない場所に出た――!


「はぁ、はぁ……」


 ここら一帯はマグルも暮らしているため、滅多に魔法を使えない。人目もあり姿現わしもできず、男は走るほかなかった。


「全く、先輩め……っ」


 彼の先輩であり目の上のたんこぶは彼が半径五百メートル以内に住むのを許さなかった。彼の自宅から目的の家まで走っても一分はかかり、頭の中で先輩に雑言を重ねる。あの邪魔な奴め!

 この角を曲がれば目的地まであと二十メートルかそこらだ、と足を速めた。角を曲がる。そして目に飛び込んできたのは――


「え、何で」


 見覚えのありすぎるほどにある女性の姿に酷似している、女。黒い髪は勢い良く跳ね、白い紐で束ねられ腰まで伸びている。猫の様な釣り気味の双眸、皮肉気に孤を描く唇。


「プロ――」


 呼びかけようと口を開きかけるが、その前に彼女はどこぞへ姿現わししてしまった。


「どうして」


 暫くの間呆然と立ちすくんでやっと正気に戻れば、目的の少女の姿もそこにはなく。


「どうして、あの人が」


 男の疑問に応える者は、いなかった。


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