遠い空に毛玉が浮かんでいる。その毛玉はだんだんと近づき大きくなり、その姿をはっきりと視認する頃にはその足に白い封筒があることが明らかになった。

 少女は手を伸ばし、そのフクロウを迎えた。


「お帰り、羽毛」


 そのフクロウの名は「羽毛」で、なるほど毛並みはふわふわしている。触ればきっと柔らかいだろう、布の袋に入れて布団にしたくなるような、羽毛の塊といった見た目だ。どこぞの山寺の和尚さんではないので紙袋に押し込んでポンと蹴ったりはしないが、してみたくなる魅力に満ちている。

 足にくくり付けられた真っ白な手紙は小柄で茶色いフクロウから浮いており、少女は手際良くそれを取ると、羽毛に水とビスケットを与えた。


「今日も短いんだろうな、セブだし」


 いつも淡泊で短い文面の手紙しか送ってこない後見人に肩を竦め苦笑して、少女――レイノは糊を剥がした。

『明日帰る』

 なんとも短い文章だ。「I’ll be back tomorrow」。カエサルの「来た! 見た! 勝った!」ではないのだから。……主語があるだけマシかもしれないけれど。


「……部屋、片付けなくちゃ」


 未成年魔法使いの、学校外での魔法使用は制限されている。とはいえそれは学生に限られ、未就学児童には適応されない。何故なら魔力を操る術をまだ知らない子供を罰することなどできるわけがないからだ。しかし世の中には必ず例外と言うものがあり、それが貴族・魔法学校教師の児童は魔法の使用を極力抑えるようにと言うものだった。貴族ならば我が子に英才教育をするのは当然であるし、教師の息子・娘となれば親がついつい専門的なことを教えてしまうものだ。それは医者の子供が医者になることに良く似ている。

 未だ杖は持たないものの魔力の安定している彼女が魔法を使えば問題になるのは明らかで、養父に迷惑をかけるのが本意ではないレイノが魔法を使わないように気を付けるのはごくごく当たり前のことだった。

 レイノはため息を吐くと、のそのそと移動しだした。










 セブルス・スネイプが初恋の少女の遺児を引き取って三年近い。母親と同じ色の髪をした幼女――レイノは手が掛からない子供で、セブルスは安心したような、少し寂しいような気持ちになる。幼いながら物わかりが良く、義父である彼の専売特許、魔法薬学に多大な興味を示している。

 同い年だというルシウス・マルフォイの息子、ドラコに会ったことがあるが、英才教育を受けているはずのドラコよりも落ち着きがある養い子に誇らしい気持ちになったなど、ルシウスには口が裂けても言えない。――しかし、話してもいないのにレイノについてやたらと詳しかったのは一体どういうことなのだろう?

 クリスマス休暇だということで帰宅する旨をダンブルドアに伝えた時、何やら巨大な箱を渡された。曰く「中身は秘密じゃ☆」らしい。危険物として玄関口に放置し、鍵を開ける。


「今、帰った」


 我が家であるしノックなどせずに扉を開く。

 昨年度まではレイノの世話のため人を雇っていたが、未だ四歳ながら知性的な受け答えをするレイノの早熟さと家に他人の手が入ることに嫌気がさしたため解雇した。少々汚くなっていても仕方ないだろうと思いつつ見たが、なかなかに片付いているではないか。

 だが玄関を入ってすぐのタイル敷きの床に、ビリビリに破られた、湿り気のある新聞が二三片落ちているのを見つける。


「新聞……?」


 拾い上げればそれは写真が印刷された部分で、狭くなった写真の中、美しい顔の青年が寂しそうに指を銜えている。この男はそう――ギルデロイ・ロックハートとか言ったはずだ。チャーミングスマイル賞だったか、用途が不明な賞を連続で受賞したなどどうでも良かった。


「……フッ」


 セブルスと目が合うと急に元気付きウィンクを始めたギルデロイを燃やし、カツカツとレイノを探す。


「レイノ。――レイノ!」

「……あ、セブ、お帰り」


 呼びながら台所へ向かえばテーブルを拭くレイノを見つけ、知らぬ間に詰めていた息を吐いた。


「何をしている?」

「何って、見ての通り、ご飯の用意?」


 ダイニングを満たす香ばしい匂いに、レイノが食事を用意していたことは分かっている。しかし、そういう話をしたいのではない。


「ホグワーツの屋敷しもべに料理を届けさせていたはずだが。……どうして自分で作っているんだ」

「ああ。うん。あれ断った」

「どうして」

「自分で作ったほうが美味しいから」


 だいたいイギリス料理って不味いよね、と言うレイノ。一体この低い身長でどう料理をしたというのかとか、その「不味い料理」でお前も育ったはずだがとか、言いたいことは沢山あった。

 が、言っても聞かないということを良く知っているセブルスはため息を吐くしかない。一人で勝手に育ってしまった我が子には強情なところがある。





 夕飯は極東の民族料理だとかで、肉じゃがというものを食べた。どこからそんな料理を調べてきたのかを、セブルスは聞けなかった。


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