もうすぐ来る頃だろうと、大広間の前で立っていた。それから十分もしないうちに生徒の波が押し寄せ、青い顔をしたアブラクサスと、どうしてかアブラクサスをあだ名(元の名前から斜め下方右にいってるような気がするけど)呼びする鈴緒が連れだってきた。不思議な組み合わせだ。アブラクサスは鈴緒を避けていたし、僕も二人が会わないように調整してきたはずなのに。


「やっほーリドル! 何か月ぶりだね?」

「二ヶ月くらいだよ。計算すれば早いよ鈴緒」


 鈴緒が抱きついてくるのはいつものことだ。鈴緒はやせ過ぎでいつも青白い顔をしてるけど、元々神秘的で整った造作だし、この校内の誰よりも黒々と深い闇色の髪は羨望の的だ。鈴緒狙いっていう男子生徒も何人もいるようだし、僕にべったりと貼りつく鈴緒に、僕を睨む目があることにはとっくに気づいている。僕は鈴緒の頬にキスをした。


「うう、親愛のとはいえ慣れんなぁ。――ああ、今のうちに渡してしまおう。ほらリドル、俗世のお土産だよ」

「俗世って……。お土産――日記かい?」

「うん。世俗と離れて煩悩を失われちゃ困ると思って、煩悩帳。日々の欲望を書いてね」

「良く分らないけど、有難う。大事に使うよ」


 鈴緒の言いたいことが分らないのは良くあることで、そういう場合は流してしまうに限る。日々の欲望を書けって言われてもね。

 手渡された日記帳は装丁も立派で、でも表紙裏に広告が載っていた。ロンドンで買ってきたみたいだね。


「ちゃんと書けよ。『△月○日、告白してきた女の子をつい、その場の勢いと流れで押し倒してしまった……僕はどうすれば良いんだろう』とか」

「なにその内容。欲望ってそういう欲望なの?!」


 頷く鈴緒。後ろでアブラクサスが悲愴な表情を浮かべている。この場にいたくないみたいだけど、それならさっさと広間に入ってしまえば良いのに。


「そーだ、リドル。これから時々アブラカタブラ借りるから」

「は?」


 入っていく生徒の波も途絶え、そろそろ僕たちも大広間に入らなければならない。そんなことを考えた時、鈴緒があっけらかんとした様子で言ってきた。借りるって、どう言うことだい?!


「ちょっとキングスクロス駅でアブラカタブラとすったもんだしてね。これからこのアブたんは私のストレス発散要員となったのだよ」

「いや、どうして――」


 アブラクサスに視線を投げれば、ますます顔を白くした。一体何があったと言うんだろうか。


「詳しいことは寮で話そうか。そろそろ入らなきゃ怒られるよ」


 鈴緒は僕の腕を引っ張って、大広間に引きずって行こうとした。僕の方が重いから鈴緒には無理だと止めようとしたら、予想に反してズルズルといって慌てた。


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