8 アブラクサス・マルフォイは自分のしたことを後悔などしていなかった。魔法省にバレない自信があったし、それにこれはトム・リドル――ヴォルデモートのためになると確信していたからだ。 この女がいるせいであの御方の活動が制限されているのなら、殺してしまえば良い。自分には魔力も、権力も、共にある。力のある者があの御方の横に立てるなら、自分が立つべきだ。こんな女より役に立たないはずなどないのだから。 杖を仕舞い、一つ、息を吐いた。もう荷物は列車に積み込んであるし、あとはこの場を離れるだけだ。達成感に満たされ口元が緩む。さっさとコンパートメントに戻ろうと、死体に背を向けた。 「どこへ、行くのかなぁー?」 もう二度と聞くはずのない声。彼は目を見開き振り返った。 その場には黒髪の東洋人はいなかった。造作は見慣れたそれと変わらないが、髪だけが夕日のように朱い。まるで燃え立つようだ、とアブラクサスは思う。死人が生き返った、という事実を忘れて。 「ああ、全く。髪の変化が解けちゃってるよ。死の呪文なんてかけやがってアブラクサスこんにゃろー」 鈴緒が掻きあげるように髪を後ろに流せば、瞬間、いつもの黒に戻った。アブラクサスも正気付く。 「な、貴様、何故生きている?!」 死の呪文に反対呪文などない。それは現在不変の原理で、これからも変わることはないだろう。だというのに、どうしてこの女は生きているのだ? どっこいしょと重そうに起き上がり、鈴緒が立ち上がった。背の低い彼女は、アブラクサスの胸までしかない。見上げるように向けられた目は、殺気を含んで彼を睨んでいた。 「死んだよ一応。蘇っただけだよ」 鋭い視線に体の支配権が取り上げられる。 「せっかく夏休みに食いだめしたのに! その分全部使っちゃったじゃないかこのデコ野郎! 食いだめ分のし袋つけて返せ! それが無理なら禿げろ! いや、むしろ禿げてくれれば私は満足だよ、額の面積広げて!」 胸倉を掴んで揺さぶってくる鈴緒に振り回されたが、アブラクサスは困惑しすぎて何の反応も返せずにいた。蘇りの魔法はあるにはあるがホークラックスを作っていなければ無理だし、それに儀式を飛ばして元の体で蘇生するなど先ず不可能なのだ。 「は、離せ!――何故禿げることが慰謝料代わりなんだ、ええい、だから離せと言っている!」 声高に「禿げろ」コールを始めた鈴緒を力ずくで引き剥がす。アブラクサスはまだ平常を取り戻していなかったが、これ以上振り回されれば思考力の復活も遅れると理解できるだけの脳は戻っていた。唇をさも文句ありそうに突き出す鈴緒は無視だ、今のところ。 「貴様は一度死んだ、そうだな?」 「そーだよ。アブラクサス禿げろ」 「先輩に対してその口調は何だ。――そして、蘇ったと」 「人に向かって死の呪文を唱えるような奴に遠慮などいらん。復活したから息してるんじゃないか。これだと私、宗教立ち上げて教祖になれるよ。イースターの日に復活してみようか、試しに」 そしたらメシアの再来だとか言われそうだな。鈴緒教広めようか、と話が逸れていく。 「真面目にしゃべれ! では貴様は不死者というわけだな……だからあの御方も貴様のような下賤を傍に置くわけか……」 アブラクサスが顎に手を当て自己完結するように頷くと、目の前で手が振られた。 「何だ、この手は」 「現世に帰って来ないのかと思って。デコが思ってるような関係じゃないよ、私とリドルは。そんな冷たい間柄じゃなくて……えっと……うーん」 「早く言え」 「つまりは、保護者と被保護者? みたいな。可愛いリドルのためならえっさほい、献身的に身を削ってるのだよ私は」 「嘘だろう」 「嘘じゃねーよ」 アブラクサスは信じられなかった。この女が不死者であることにもだが、彼の尊敬してやまない『あの御方』と『この女』が、どうやら対等の関係であるらしいということが。 「あ、そーだアブラクサス」 「いつ私は名前呼びを許した」 「私を殺した奴に敬語なんて使うもんかよ。――今度からあんたのこと、『アブラカタブラ』って呼ぶから」 「は?」 |