水底からタプン、と浮かび上がって、頼りなく揺れる――そんな感覚がする。


「死んだのか、な」


 死んだんだろう。だってアバダされたんだもん。走馬灯は走らなかったし、痛みもなかったけど。私は死んだんだ。


「よっ」


 視界を染めてるのは何よりも深い黒。でもそこに、銀色の輝きを見た。その隣に立つ男――兄ちゃんは、十六年前に見た――


「久しぶりやな」

「久しぶり。こんなに中途半端な時期に死ぬとは思いもよらなかったよ私」


 死神は私を水から引きあげた。水面は地面になって、もう沈まなかった。どーなっとるんだ。


「うん、早すぎやで。まあ、こっちにゃ都合エエねんけど。話さなならんことがあってん」

「何さ」


 兄ちゃんのデカい鋏は何故か、一部、私の沈んでた地面と同化している。溶け込んでるみたいだ。まるで鋏型のオブジェみたいで、芸術的と言えば芸術的かもしらん。


「俺、あんたを間違うて殺したやん?」

「うん、そーだね」


 兄ちゃんは鋏を持ち上げようとして、失敗した。それを何度も試して、でもやっぱり失敗した。何のジェスチャーだ。何の。


「死神の鋏っつーんは、魂を肉体と切り離してまうモンなんや」


 微動だにしない鋏を今度はコンコンと叩く。


「つまり、魂と肉体のつながりよりも硬い素材でできとんねん。で、俺はコレを接着剤にして今のあんたの魂をハリー・ポッターの――生まれるはずやなかった妹と結びつけた」

「じゃあこの鋏は前の私の魂と、今の私の体をつないでるってこと?」

「そーゆーこっちゃ」


 鋏は銀色に輝いている。前私が死んだ時、私の足元はこのハサミで切り裂かれていた。でも今の私の足元に切れ込みなんてない。


「ここで問題や。よーっく考えぇや?」


 地面を見下ろして切れ込みを探す私に、兄ちゃんが言った。


「鉄は、鋏で切れるか?」

「切れない――つまり」







 つまり、それは、こういうことなんじゃないのか……? 私の魂と肉体のつながりが切れないくらい硬いから、死神の鋏じゃ切れないってこと……?


「あんたは死なへんのや。死ねへんっちゅーんか。老化せーへんちゅーか。まあ殺されたら一時的にちょいと準死体にはなるから、蘇るんに体力と魔力が必要やけどな」


 不死設定キター! チートで不老不死か。最強だな!


「……肯定的なやっちゃな。周りの人間が年老いて死んでくんやぞ? 自分は若いまんまで――辛いとか思わへんのか?」


 私がニヤニヤしてたからだろうけど、兄ちゃんは眉間の皺を深くした。ちょっと、眉間に皺寄せて良いのはセブだけなんだから!


「気にならないよ。人はいつか死ぬし、それが私の生きてる間に何度もあるってことだけだからね。永遠って意外と短いんじゃないかな」


 そりゃあ、セブが死ぬのは悲しい、辛い、どうにかしたいと思う。だけど、セブが人生に満足して、もう死んでも良いやって思ったなら、好きにしてくれて構わないんだ。セブの自由だから、私が口出しすることじゃない。


「ふーん。おもろいやっちゃな、あんた」

「そりゃあ有難う」

「おもろいついでに教えたるわ。――あんたは四つの世代を知る。今は二つ目やな。じゃあ、また会おな」


 そろそろさよならや、と兄ちゃんが手を振った。周囲の闇が崩れてきてた。


「あ、ねえ! 名前教えてよ。名前知らなきゃ呼びずらいから」


 兄ちゃんは笑った。


「俺はスーパーフルエティ。蛇足や」

「蛇足?――まあ良いや、私はレイノ。今度から名前で呼んでよね」


 笑いながら手を振る兄ちゃんの姿は掻き消えて、私は自分が目を覚まそうとしてると理解した。



 現世に帰ってきたんだ――


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