ヨーロッパの夏休みは長い。夏の間の宿として漏れ鍋を利用し始めて四年目、私は今年五年生になる。


「いらっしゃいませー」


 若きトム(美形だったことに驚いた。顎が外れるかと思った)はまだ新米店長で、目の保養だとホクホクしながらウェイトレスとして働いている。学費をどうにかしなけりゃならんしな。


「鈴緒ちゃん、今日も可愛いね」

「あははは、有難うございます」


 背が低いからだろうが、私は実際の年より低く見られる。これでも十八歳なんだがね。日本人は童顔なのさ。


「ご注文はお決まりですか?」

「じゃあ、本日のお勧めを」

「本日のお勧めを一つですね、承りました」


 トムに注文を伝え、軽食を終えて席を立ちかけた客の元に走る。


「はい、おつりはいらないからね」


 そう言って渡されたのは、食事代の三割増しの金額だ。多からず、また少なからずだな。


「有難うございまーす」


 夏休みはずっとこうして働いている。意外と稼げるもので、火曜と水曜に休みをもらってるけど懐は十分に潤った。












「もう明日か……夏は短いね」


 明日のホグワーツ特急に乗って、私はホグワーツへ帰る。だけどトムが寂しそうに言うもんだから、ずっとここにいる! と叫びそうになった。いかんいかん。


「うん。でも次の夏も働きに来るからさ、そんな今生の別れみたいな顔しないでよ」

「鈴緒がいない日は客足も悪いんだよ」

「金銭的な面で寂しがられても嬉しくないよ、トム……」


 トムは冗談だと片目を瞑り、口角を上げた。美男に似合う仕種だ。全く腹が立つほど羨ましい。


「まあ、ホグワーツの首席さんがウェイトレスなんてしていたらもったいないよ。鈴緒は確か魔法薬学が得意なんだろう? じゃあ薬屋になるのかな」

「クィディッチの選手って言わないの?」


 私は二年の時からビーターをしてる。ブラッジャーをかっ飛ばすのは爽快だよ。特に、人に向けて打って良いってのが素晴らしいよね。


「鈴緒はスポーツ選手肌じゃないからね。想像してみて――似合わないだろう?」

「まあ、職業にする気はないな。うん、薬を売る方が似合ってるよ私は」

「ね」


 そうだろう、と頷くトムはまだ若いくせして見る目がある。将来素晴らしい店長になるんだろう――なるのを知ってるけど。


「そん時は格安で薬売るよ。トムにはお世話になってるしね。嬉しい?」

「ただでならもっと嬉しいかな」

「そんなことしたらこっちが破産してしまう!」


 グリンゴッツでくたくたになった人たちは、漏れ鍋に来て元気薬をひっかけて行くんだが、その元気薬の売り上げは店の総利益の三割にもなっている。その分を全部無料で提供なんてしてみろ、私は今以上にやせ細って死ねる。


「冗談さ――頑張ってきてね」

「がってんだ」








 今日の仕事は昼でお終い。明日の用意をしに、階段を上った。


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