気絶するようなことなんて全くしてないし、てか寝て縛られただけだから被害なんてさっぱりだった。むしろ被害を受けたのは私の周りだ。心配掛けただろうなぁ。


「心配させおって……!」


 地下の部屋から出た私に突進してきたのは言わずもがなセブだった。悪戯お化けよろしくグースーピーしてる三頭犬の足元からジジイに連れられて出たと思えば、三頭犬のすぐ前で私を待ち構えてたのだ。


「レイノ、何か痛いところはないな? 変なこともされていないだろうな?」


 いつもになくセブは感情が表に出てて、凄く心配してくれてたんだって良く分かる。ごめん、寝てただけです。


「大丈夫だよ。気付いたら変な鏡のある広間にいて、椅子に縛り付けられてただけだから」


 怪我なんてしなかったよ、と言ったのに、セブの怒りが膨らんでくのが分かった。


「クィレル……絶対に許さん……! 校長、あやつはどこに?」


 私を左腕で抱きかかえ、セブは杖を構えながらクィレルの居場所をジジイに聞いた。噴火直前の怒りをどうにか抑えた声はかすれてて、もしクィレルが生きてたらセブに滅多裂きにされてただろうことは先ず間違いない。


「死んだよ。灰になって死んでしもうた」


 気絶したハリーを姫抱っこしてるジジイが顔を暗くしながら答えた。ジジイはクィレルが金庫を探った犯人だと分かってて、野放しにしてハリーの成長の踏み台にした。ジジイに落ち込む権利はないと思うけど、それを指摘したらどうして私がそんなことを知ってるのか聞かれるだろーから言わない。クィレルも将来私の生徒になると分かってて――気付かないふりをして、可能性に蓋をした私もクィレルを見殺しにしたわけだけど、ジジイはもっと悪いんじゃないか? これは責任転嫁だろーか……自分が楽になりたいがためだけの。縮小魔法をかけた薬瓶を服の上から握り締める。セブは拍子抜けしたような声を出した。裏返って妙に高い声だ。普段のセブはこんなことさっぱりないから新鮮だなぁ。


「死んだ?」

「うむ。ハリーはまたしてもヴォルデモートを退けたのじゃ」


 セブは何か言いたそうに肩を揺らして、でも口をつぐんだ。


「――そう、ですか……。では私はレイノの介抱がありますので、失礼します」


 セブはジジイの返事を待たずに歩き出し、保健室に行くかと思えばセブの部屋に向かった。


「ね、セブ」

「今は何も言うな」

「――うん」


 セブは無言魔法で扉を開くと私をいつもの椅子に降ろした。動くなよと言い残して奥の扉の向こうに消える。怪我してたっけ? 手首の縄の跡、帰り道に滑って転んだ擦り傷……うん、後者はともかくとして前者はヤバいな。


「ほら、温まる」


 セブが持ってきたのはココアで、私好みの薄味だった。有難く受け取ることにする。


「ありがとセブ」

「いいや……」


 セブが私の片手を取って縄の跡を杖先でなぞった。青紫色に変色した肌が元に戻る。カップを持ちかえてもう片方の手も。セブは私の手を両手で包みこみ、セブにしては珍しく眉尻を下げて微笑んだ。


「お前に何かあったらと思うといてもたってもいられずあそこで待っていたのだ。校長に中に入るのは許されんかったからな、レイノ」

「有難うセブ。セブと別れた後さ、クィレル先生にお茶しないかって誘われたから紅茶を御馳走になったの。どうもそれに睡眠薬入れてたらしくって私眠っちゃってさ、気付いたらこんなことに」


 嘘は吐いてないよ、本当のことを言わなかっただけで。


「そうか……。お前には言っておいても良かったかもしれんな、クィレルに気をつけろと」


 セブは私の頭を撫でて、お前が無事で本当に良かった、と言った。ああ、そうだ……私はセブの無事を一番に望むって決めたんだ、どうして迷う必要がある? クィレルはセブの平穏を脅かした。つまり私の前に立ちふさがったも同じだ。
 胸ポケットの中で重かった遺灰の瓶が、軽くなったように思えた。


「セブ」

「ん、何だ?」

「ただいま」

「ああ――お帰り」


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