5 僕は縄でぐるぐる巻きにされて、鏡にどうにかにじり寄ろうとしたけど失敗して倒れてしまった。レイノが引っ張って鏡の前に立つ――そして、ふんわりと笑った。 「何が見えた、言え!」 クィレルが圧し掛かるように訊ねた。レイノはなんだか幸せそうだ。……もしかしたら鏡の魔力に魅せられたんだろうか? 駄目だ、レイノが廃人になるなんて駄目だ! 「――白髪頭のセブと、大人になった私が見えた。――それだけだよ」 レイノは突き飛ばされ、クィレルは今度こそ僕を呼んだ。 「ポッター、ここへ来い」 クィレルが手を叩くと縄が落ちた。立ちあがって、レイノに駆け寄りたかったけどクィレルはそれを許さなかった。 「全く酷い鏡だ、これは酷い」 レイノは鏡をまた見ることなく、眉尻を下げて笑っていた。困ったような笑顔に、どうしてか抱きしめてあげたい衝動に駆られる。 「ここへ来るんだ」 クィレルは繰り返した。 「鏡を見て何が見えるかを言え」 レイノから視線を外して鏡の前に立つ。ギュっと閉じていた目を開けば、恐怖で青ざめた自分の顔。――いや、自分の顔をしたダンブルドアの影か。彼は人好きのする笑みを浮かべると、おもむろにポケットに手を突っ込み、紅の石を取り出してウィンクした。石は再びポケットの中へ――足に固いものが当たる感触がした。これはもしかして、いや、もしかしなくとも、賢者の石だ――なんということだろう、僕は手に入れてしまった! 石が自分のポケットに入っている、それを考えると緊張で舌が口蓋に貼りつきそうだ。 「どうだ? 何が見える?」 「――僕がダンブルドアと握手しているのが見える。僕……僕のおかげでグリフィンドールが寮杯を獲得したんだ」 必死で頭を回転させ、嘘を捻りだした。突き飛ばされ、よろけて足踏みする。このまま逃げ出してしまおうか――石を持って、逃げれば……。緊張で定まらない視線が、赤毛に焦点を合わせた。レイノ。レイノも連れて逃げなくては! どうすれば二人揃って逃げられる? レイノは疲れたような表情をして床に座り込んでいた。ハリーと目が合い、口パクで『ニゲロ』と言われる。いや、でも、だけど――…… 「こいつは嘘を吐いている……嘘を吐いているぞ……」 ターバンから籠った声が響いた。クィレルの口は動いていない。姿の見えない声の主、一体誰なんだろう。 「ポッター、ここへ戻れ! 本当のことを言うんだ。今、何が見えた?」 クィレルが叫ぶように命令してきた。足がすくんで動けない。石を守らなければ……そのためには逃げなくっちゃ。でも。どうしたら良いのか分からない。 「俺様が話す……直に話す……」 「わが君、あなた様はまだ十分に力が付いていません!」 「このためなら……使う力がある」 変な声がクィレルに命じている。クィレルに命じる者――ああ、もしかしてこの声は! 足が地面に貼りついたように固い。蟻地獄に落ちていくように、悪魔の罠に絡めとられたように、どうしようもない、逃げ場所がない、恐怖。クィレルがターバンを解く。その動作がやけにゆっくりに感じられた。ターバンの下の禿頭、その後頭部には。 蝋のように白い肌、血走った瞳、鼻は剃られたような裂け目だった。一つの頭に二つの顔。クィレルが背中を向けたから、顔はハリーを真正面から睨みつけた。 「ハリー・ポッター……」 薄い唇がハリーの名前を口にした。 「このありさまを見ろ。醜いだろう?」 レイノがクィレルの横でウゲッ、キモッ! と言ったのも、右の耳から左の耳に抜けて行った。 「ただの影と霞みに過ぎない……誰かの体を借りて初めて形になることができる……しかし、常に誰かが、喜んで俺様をその心に入り込ませてくれる……この数週間はユニコーンの血が俺様を強くしてくれた。忠実なクィレルが、森の中で俺様のために血を飲んでいるところを見ただろう……。命の水さえあれば、俺様はこんな醜い姿ではない、本来の俺様自身の体を創造することができるのだ……さて、ポケットにある石を頂こうか」 ヴォルデモートは知っていた……! 突然足の感覚が帰って来た。ハリーはポケットを抑えながら後ずさりする。 酷薄な唇がニヤリと笑んだ。 |