深夜0時前。私は頭に被った毛布の熱に蒸されながら、アパートの階段をのぼっていた。踏み出すごとに乾いた音で段差が軋み、ぞっとする。背後で何かが動く気配がした、ような気もした。しかし振り返る勇気はなく、ひたすらに足を動かす。

 気付けばドアの前だった。私は毛布から顔を出し、のぼせた頭を外気に当てる。冷えた頭で思うのは、本当に来てしまったのだということ。

 しばらく躊躇していたが、暗い夜空に後押しされインターホンに手を伸ばす。響く音を確認してしばらく待つと、ドアが開いた。

 部屋の主、ネイガウス先生が顔を覗かせた。


「…佐藤?」


 お風呂上がりだったのか、驚く先生の黒髪は少し湿っていた。


「あ、あの、夜遅くにすみませんほんと…」


 私は先生の姿にひどく安心し、息を吐き出す。滲みそうになる涙をとどめ、説明を始める。


「実はネイガウス先生にしか頼めないことがありまして…」

「…悪魔でも出たか?」

「い、いえ。そうではなくて、ですね…」


 上手く言葉が出て来なくて口を閉じる。ここまで来て何をためらうんだろう。今さら後戻りはできないし。さあ、言え!私!

 私は、いっぱいいっぱいな頭で必死に考えた一文を言い放った。


「こっ、今晩いっしょに寝てください!」





「いやほんと情けないです。とある変態ピエロに、ホラー映画なんてものを見せつけられて…。あの人、わたしが怖いの嫌いってわかっててやってるんですよ。ひどいですよね」


 数分後、私は先生と並んでベッドに腰掛けていた。

 正直、こんなにあっさり了承してもらえるとは思ってなかった。追い返されるかもと身構えていたのに、やっぱり先生は優しいなあ。

 私は、1年前に祓魔塾に通い出し、そこでネイガウス先生と出会った。最初は無口で冷たい先生が怖かったが、次第に優しさに触れ、いつの間にか私は先生が好きになっていた。まあ、叶わないとはわかってるんだけど。やっぱりこういう時に頼れるのは先生しかいない。

 しばらく軽い会話をしていたが、急に先生が口を閉じた。やばい、やっぱすごい邪魔しちゃってるよな、私。早く寝ちゃおう。


「じ、じゃあわたしはソファで寝ますね。すみません、お邪魔しちゃって…。おやすみなさ、」


 被ってきた毛布を握ってベッドから立ち上がる。

 だけどまたすぐに、ぽふ、と柔らかい寝具の感触。あれ、おかしいな…足の力が抜けたのかな。


「寝るな」

「――へ?」


 驚いて横を見ると、先生の真剣な顔があった。左手に熱を感じ、掴まれているのだと認識する。

 先生の綺麗な瞳が、すうっと私に近付いた。


「寝かせない」


 心地良い低音が響くと同時に、背中にシーツの感覚。私は押し倒されたのだとわかっ……て、ええええ!?


「まままままってください先生!」

「無理だ」

「むっ、無理とかどうして、」

「好きだ、佐藤。ずっと、前から」

「…っ!」


 突然の、告白。頭の中が真っ白になった。好き?先生が、私、を?


「生徒に手を出すことなど許されるはずがない。私は長い間、この気持ちを隠し、耐えてきた。それなのにお前は…こんな夜更けにやって来るなんて、」


 胸が熱くなるのを感じた。叶うわけないなんて思いこんで、傷つくのを恐れてたのは、先生もだったのかな。

 そのまま距離が近付き、耳を吐息がかすめる。


「誘っているんだろう…?」


 だけど熱を味わう余裕もなく、甘い息に私は何か違和感を感じた。あれ。これってまさか。


「先生、もしかして」


 この甘い香りは、


「酔ってます、か?」

「…」


 肯定も否定もなく、ただ私を見つめる先生。その瞳が揺らいでいるのに気付き、私は言葉を紡いだ。


「先生。私、今すっごく嬉しいです」

「!」

「でも、本当に私のことを好きって言ってくれるなら…っ」


 気付けば涙が溢れていた。だって私の、諦めていた恋が報われたんだ。嬉しい。嬉しいに決まってる。

 涙で先生がぼやけた。けど私は確かに、真っ直ぐ先生の目を見つめている。


「お酒のせいにせずに、ちゃんと、先生の心からの言葉が聞きたいです」


 ゆっくり先生に手を伸ばすと、それを握り、先生は私を抱き締めた。暖かい体温に、涙がまた零れた。


「…すまなかった」

「せん、せ」

「好きだ、華子」


 先生の指が頬に触れ、涙を拭う。優しい手。ずっとずっと、触れたかった温もりだった。

 私は先生と目を合わせたくて、ベッドから起き上がろうとした。が、先生は動かない。むしろ、さらに強く私をシーツの波に沈めている。

 …え?


「…先生?」

「もう酔いは醒めた。大丈夫だ、襲わせろ」

「それまだ全然酔ってますってうぎゃあああああああああああ!」





キューピット・ゴースト


(どんなに酔っていたとしても、愛の言葉は本物)




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がつがつな先生が書きたかったのです。


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