暑い朝だった。

 朝に弱いわたしが、どんなに直射日光を瞼の上からギラギラに浴びようと目を覚まさないわたしが、あまりの熱気に覚醒したのは朝の8時だった。

 昨晩からつけっぱなしの扇風機がパタパタとせわしなく働いているが、それもほぼ無意味。なまぬるい空気がかき回され、ねっとりとわたしの素肌にのしかかる。首ふり機能が、この温度に嫌気がさした扇風機自身の反抗に見えた。

 これじゃ、もう2度寝は無理だな。いつもより早く起こされたせいだけではない頭の重みが、ゆっくりとベッドから起き上がるわたしを憂鬱にさせる。手を伸ばして、棚の上のメガネをさぐった。


「眼鏡をお探しですかな?」

「!?」


 伸ばした腕に何かが触れ、驚きのあまり寝起きとは思えない素早さで身構える。その声の発生源を見るよりも早く、本能的な警戒心が、その物体から離れようと足に指令を送った。


「そんなに暴れると、色々見えてしまいますよ? もちろん、私としては大歓迎ですけゲフゥ!?」

「なんだただの変態悪魔か。思わず置物の角で殴っちゃった」

「ひ、ひどい! それ、私が悪魔じゃなかったら死んでますからね!? まさに外道!」


 悪魔に外道と言われてしまう日が来るとは。ぼやけた視界で、頭をかかえて悶え苦しむ変態、もといメフィストを冷ややかに見下す。てか、そういえば、わたしのメガネは。

 目を細めて視界を絞る。目つきが悪くなるからあんまりしたくないんだけど、お陰でわたしの半身であるといっても過言でないメガネさんは、憎き悪魔の顔にくっついていた。なんでお前がわたしのメガネをかけているんだ。レベルの低いいたずらに、呆れて溜め息もでなかった。


「ねえメフィスト・・・ただでさえこの暑苦しくて鬱な朝をさらに最悪にしないでもらえるかしら。ほら、メガネ返し、・・むぐ!?」


 いきなり口内に冷たい刺激が広がり、驚きに目をまるくする。人の話は最後まで聞けって習わなかったのかしら。ああ、悪魔だから習うも何もないのか。そして、この冷たくて甘いものの正体は何だろう。噛むとシャクシャク音がして・・・。


「こっ、これはかき氷だ!?」

「なんだか面白い疑問符のつけ方ですねえ・・・。そうです、正解ですよ。メフィスト特性の甘いストロベリーゲヘナ味のかき氷です☆」


 ゲヘナて。

 味はただのイチゴだし、メフィストがまともにものを作ったりできるわけないからきっと市販品なんだろう。寝ているうちに汗をかいて乾いていた身体に、冷たい氷が溶けて奥までしみこんでいくのがわかった。


「おやおやあ・・・? もっと欲しい、というカオをしてますねえ・・・・?」


 その言い方やめろ。

 だけど、メフィストからスプーンづたいに与えられたかき氷のおかげで、じっとりと重かった身体が少しラクになったのは事実。その事実がムカつく、実にムカつく。

 また口を開きかけたメフィストをさえぎるようにして、わたしはそいつに這うような恰好で近寄った。どうせ、もっとねだれとか、恥ずかしいセリフを言えとか、ろくなことを言わないんだろう。だったら、言わされるより先に行動してやる。謎のプライドがわたしを突き動かす。

 少し驚いたような表情を見せたメフィストは、だけどまたすぐに悪魔の笑みを浮かべて。ゆったりとした動きで、銀のスプーンを白い氷につきさし、わたしの口元まで導いた。

 口に含んだ銀のスプーンが、冷たい氷が、甘いシロップが。ムカつくくらいに美味しくて、でもやめられなくて。そして気付けばメフィストの思うがままの自分が、何よりもムカつくのであった。




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