レースのついたスカートを風に揺らめかせ、わたしは目の前の巨大な建物を見上げた。

 今日は土曜日。久しぶりにゆっくりと休みがとれるということで、わたしは町にショッピングにやって来ていた。休日なので人は多いけれど、そよ風が涼しいおかげで、人ごみも気にならない。ここしばらくはずっと近所の店で済ませていたから、たまには服とかいっぱい買っちゃおうかな。

 素敵なファッションとの出会いに胸をふくらませつつ、うきうきと軽い足取りで自動ドアを通り抜けた。





 紙袋とビニール袋がガサガサと音をたてる。持ち手部分が細くなってしまい、両手にかかる圧力が結構大きくなっていた。やっぱり少し買いすぎたかもしれない。でも、せっかくの大きな店なんだから、買わないのもつまんないし。それに、すごい可愛いカゴバッグを見つけたんだ。買わなきゃ損でしょ!

 重たい荷物に翻弄されつつ、岐路につく。ふらふらと歩いていたら、突然、後ろから肩を掴まれた。


「っ、!」


 息を飲んで、振り返る。見たことのない金髪の男が、わたしの肩を掴んでいた。一瞬、知り合いかとも思ったけど、いくら考えても思い当たる人物がいない。焦る思考がサッと冷静になった。掴まれた肩が、痛い。


「・・・わたしに何か?」

「や、ごめんごめん。ただ、キミみたいな女の子が、そんなにいっぱい荷物を持ってるなんてかわいそうだと思ってね。思わず手を伸ばしちゃったんだー」


 良かったら、荷物てつだうけど? そう言って手を差し出す男の表情はおだやかに微笑んでいる。わたしは、相手の瞳をまっすぐ見つめた。だめだ、この人は信頼できない。


「お気づかいありがとうございます。でも、大丈夫ですので。失礼します」


 肩に置かれたままだった男の手を、少し強めに振り払う。


「そんなに遠慮しないでよー」

「きゃ!」


 背を向けようとしたところで、体を強く押された。ビルの外壁に、もたれるようにして倒れる。崩れた荷物を視線で追って、ハッとする。しまった、ここ裏路地だ。助けを求めようにも、さっきまで大量に溢れていた人は今となっても1人も見つからない。


「こっちがせっかく優しく声かけてやってんのに・・・なあ!」


 胸倉をつかまれ、息が詰まる。なんだ、この男・・・わたしが従わなかったからって、勝手にキレ出して・・・。無遠慮に掴まれた手を振り払おうとするが、息苦しくて力が入らない。苦しい。あまりの恐怖に声が出ない。

 怖い。怖い怖い怖い。だれか、助けて・・・!


「何をしている」

「!」


 パッ、と目の前が明るくなった気がした。落ち着いた声音に続けて、すぐに圧迫感が消える。

 わたしは男の背後に現れた人物を見て、目をみはった。のどの奥から絞り出すような声が、呼吸とともに吐き出される。


「・・・ネ、イガウス・・さん」

「チッ、なんだよ!お前に関係ねえだろ!」

「関係ならある。彼女はわたしの知人だ」


 男の怒声にもまったくひるまず、ネイガウスさんがわたしの手を引いてくれた。状況が把握できないままに、ふらつきながらも立ち上がる。お礼を言おうとしたところで、わたしはまた声を失った。

 わたしを助けてくれているネイガウスさんの背後で、男が鉄材らしきものを振りかぶっていたのだ。危ない!わたしは悲鳴のように叫んで、目を閉じた。

 鉄材が、地面に落ちる騒々しい音が、ひどく遠くで聞こえた。


「・・・え」


 恐る恐る目を開けると、若い男が地べたに投げだされていた。なに、なにがおこったの。混乱しているあいだにも、男は頬のあたりを押さえながら悔しそうな顔をして逃げていった。鉄材は少し離れたところに転がっている。もしかして、ネイガウスさん、避けたの?

 ネイガウスさんの反射神経の良さに驚きながら顔を上げると、深い瞳と視線が合った。


「・・・大丈夫か」

「あ・・・はい、すいません。ありがとうございます!」


 自然な動作で荷物を拾い上げ、そのまま先に歩き出すネイガウスさん。わたしが慌てて声をかけると、彼は振り返らないまま言った。


「女性の一人歩きは危険だ。送ってやる」

「・・・あ、えっと。じゃ、じゃあわたし半分もちます!」


 なかば奪うようにして彼の右手から紙袋を取る。

 薄暗くなってきた町には、色とりどりの街頭が輝く。こうして並んで買い物の荷物を持ち帰るなんて、まるで夫婦みたいだ・・・。そんなことを一瞬だけ考えて、わたしは勢いよく頭を横に振った。なんてこと考えてんの!
 横目でネイガウスさんの表情を盗み見る。荷物、重たくないかな。心配になって落ち着かずにいたら、頭ひとつぶん背の高い彼が、わたしに視線を落とした。


「佐藤」

「あ、もしかしてそっちの方が重いですか? じゃあそっちを、わたしが、」

「お前が無事でよかった」


 頭に、温かいぬくもり。がしがしと乱雑に髪を撫でられて、わたしは今の状況をようやく把握する。男の人らしく大きな手が、わたしの体温をあげていった。

 離れていく指先が寂しいと思ったわたしは、きっともう、




マイ・ヒーロー

( きっともう、彼の虜なのです )



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アンケにてネイガウス先生かっこいい〜とのコメントがあったので、かっこいいの王道おを書いてみました。戦闘でアクティブになる先生が好き。

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