ぽつん、と頬に雨粒を感じて瞳を開く。

 さっきまで暖かいひだまりの中にいたはずなのに、景色は一変していた。薄暗い空気に、ジメジメと重たい湿気がまとわりつく。空は雲で白く濁っていた。

 となりに視線をやったけれど、一緒にまどろんていたはずのネコは姿を消していた。雨が降るならそうと、起こしてくれたっていいじゃない。そんな身勝手なことをつぶやいてみる。

 早く部屋に戻ろう。雨粒で変わりだした土の色に、頭ではそう思っているはずなのに、とけた思考回路では体にうまく指示が飛ばない。動きたくないなあ。このまま、ぼうっとしてたい。


「…」


 そうっと、天を仰ぐ。きっと雨雲の群れしか見えないのだろう。

 しかし予想に反して、目の前には、綺麗な赤い夕焼けが広がっていた。驚いて目をみはる。真っ赤な天井には、いくつかの銀の筋が見えた。


「濡れますよ。それにしても、水もしたたる良い女ですね☆」

「…なんだ、メフィストか」

「なっ、なんだとは何ですか!」


 夕焼け色が、雨をさえぎる。このまぶしい空の正体は、メフィストが持っていた傘だったらしい。

 当のメフィストは、口を尖らせて不満そうな顔をしている。そんな表情したって、かわいくないってのに。少し濡れた薄紫色の手袋が、傘の柄を握っている。


「まあ、そんなつんけんしたところも可愛らしいですけどね…」

「え、なに?」

「いいえ。ほら、早く帰りますよ☆」

「はあい」


 渋々とベンチから腰をあげる。この場の湿気を全部吸ったみたいに、体が重い。

 スカートを軽く払ってから、傘を持つメフィストのとなりに並んだ。相合い傘ってのは、ふたりのペースを合わせるのが意外と難しい。わたしは、彼にリードされながら屋内へと足を動かした。

 それにしても、雨か。ぽつぽつ雫を増やしていく雨雲の様子を見れば、明日も1日この調子かな。

 屋根のあるところに到着して、メフィストが傘を折り畳んだ。音をたてて消えたそれは、一体どうやって乾くんだろう。余計なことに頭を悩ませながら、服についた水滴を払っていたら、急に何かが抱きついてきた。

 冷静考えれば、正体はメフィストなんだろうけど。突然の温もりに、わたしはそこまで頭が回らなかった。


「ど…どうしたの。服、濡れちゃうよ」


 そう口にするのが、やっと。この体勢ままでは、彼の表情も見えない。ただ優しく力強く、わたしの体を彼の腕が抱いている。それは確かな現実。

 雨脚が強まる音だけが、ひびく。手のやり場に困っていると、ようやく彼が口を開いた。


「…雨の日でも、華子は温かいですね」


 とくとく、伝わる心拍。彼が言葉を紡ぐと、首筋を呼吸がかすめてくすぐったい。

 わたしは顔が赤くなるのを感じながら、やり場のなかった自らの腕を、そっと彼の腰に回した。


「…メフィストも、あったかいよ」


 恥ずかしさをこらえて呟けば、メフィストが愉快そうに、幸せそうに笑って、ゆるやかな振動がわたしの鼓動伝わった。





夕焼け傘

( あなたを抱きしめるのに、理由は必要ですか? )




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雨の日は湿気がべたべた。だけど誰かに触れていたい。その矛盾。メフィストさんが幸せそうに笑ったら、可愛いに違いないわ。


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