彼と初めて出会ったのは、香ばしい匂いにつつまれた、小さな店先だった。

 数週間前、わたしは初めて物質界に舞い降りた。太陽の日差しが眩しく照りつける中、雨粒のように人々がせわしなく行き来しているのを見て、胸が高鳴るを感じる。

 これが、物質界。ウワサには聞いていたけど、実際に触れてみれば、感動は深くなる。すごい、すごい。きょろきょろと頭を振り、足取りは自然と軽くなった。

 大木のようにそびえるビル、色とりどりの花のように鮮やかな商店街。すべてがまぶしい。目的もなく数日の間、わたしは本能のままに歩いていた。

 毎日ひたすらさまようなか、ぴたりと足が止まった。並ぶ店のうちの一軒から、なにやら美味しそうな匂いがする。美味しそう、だなんて初めての感情だった。虚無界にいたころは、食事なんてしたことがなかったから。


「…わあ」


 匂いをたどっていくと、やはり正体は食べ物だった。香ばしい匂いの煙に、それがジュージューと焼ける音。

 思わず手を伸ばしそうになったところで、焼いていた人間がわたしに声をかけてきた。


「お、なんや可愛らしい女の子が!いらっしゃ〜い、バクダン焼き、欲しいん?」

「…ばくだん、やき」


 この食べ物の名前、なんだろうか。危険なネーミングだと思い身構えるが、美味しそうな匂いには勝てそうにない。空腹マックスのわたしは、小さくコクリと頷いた。

 400円ね、と言われて、わたしはハッとした。そうだった。物質界では、何よりも金の力が強いと友人から聞いていたのだ。もちろん、持ち合わせはない。金め…さっそく強敵だ。

 どうしたものか、とうつむいていると、足元にスッと影が落ちた。


「ボクが払います。2つください」

「…あ」


 顔をあげると、帽子と黒ぶち眼鏡を身につけた少年が、店の人間に何かを手渡していた。しかし、わたしが1番驚いたのは、少年が金を払ってくれたことではない。なぜなら、その男は、


「…お、王様、」

「はいはーい、毎度あり。また来てやー、お嬢ちゃん」

「…行きますよ」

「え、えっ」


 腕を引かれ、というか掴まれて、わたしは足をもつれさせながら店を離れた。

 ぐらぐら揺れる視界に、もう1度、少年の顔を除き込む。ああ、間違いない。


「アマイモン、王…」

「ドウゾ」

「え、わあっ!?」


 いきなり何かを突き出され、慌てて受け取る。さっきのバクダンヤキ、だ。あたたかくて、いい匂いがする。本当に美味しそう…。


「食べないんですか?」


 そう首をひねりながら見つめられれ、もはやためらうこともできない。わたしは、たどたどしくバクダンヤキにかぶりついた。


「あ、あつっ。でも、美味しい…!」

「よかったです」


 ニコリともせず彼はそう言うと、もう1つのバクダンヤキをむしゃむしゃと頬張りだした。熱くないのかな、と心配していたら、「熱いなら、こうして息を吹きかけて冷ますんです」と教えてくれた。見よう見まねで、ふーふー息を吐く。

 初めての食事。食というものが、こんなに幸せだなんて。にやける顔をひきしめながら夢中で食べていると、あっという間に完食していた。


「えっと…ごちそうさま、ですよね。ごちそうさま」

「ハイ、美味しかったです」

「…あの、アマイモン王。どうして、わたしなんかに…」


 食事も終わったところで、ずっと気になっていたことを口にする。王は、遠く彼方の存在だ。本来、わたしなんかにかまってくれるはずがない。特別な理由があるんだ、きっと。

 緊張で身をかたくするわたし。だけど、彼の答えはまるで風のように自然に流れてきた。


「さあ、わかりません」

「へ」

「なんだか、美味しそうだったので。キミが」

「わ、わたしが?」


 バクダンヤキではなく、わたしが美味しそうとは、いかなることか。王は支配下の悪魔をも食べるのか…。頭からガブリといかれたら、どうしよう。かなりのホラー現象だ。

 しかし、わたしの心は何か違うもので満たされていた。なんだか、甘くて、苦しくて、あったかくて……


「王様ァ!!」

「!、なんですか、びっくりしました」

「ふーふーしてください!」

「…?」


 きょとんとした顔が、わたしを見つめる。

 その瞳に見つめられていたら、さらに熱が上がるのを感じ、わたしは一気にまくし立てた。


「な、なんだか顔というか…心臓というか。とにかく熱いんですっ。冷ましてください!」


 拝むように手をあわせる。必死なわたしを見つめていた王の瞳が、一瞬だけ、少しだけ、微笑んだ気がした。


「…お安い御用です」


 そうなり言うなり、おでこに柔らかい感触を感じた。驚いて目を見張れば、そうっと離れていく。どうやら、唇を押しあてられたらしい。

 心臓がバクバクバクバク騒がしい。た、食べられるのかと思った…。動揺が隠せず、顔が熱くなる。…え、顔が、熱い?


「…あ、た、大変です王様!」

「次は何ですか」

「なんか逆に熱くなりました!ふーふーが効きません!わたし…あまりの熱に蒸発して消えちゃうかも…!」

「なら、ボクがちゃんと、見張っておきましょうか」


 え、と間抜けな言葉がくちから漏れた。目の前の王様は、いつもと同じ無表情で、そしてちょっぴり瞳を細めている。

 その顔は、まるで優しく微笑んでいるようだった。


「それなら、キミの近くにいる理由になりますか」





王様の、お気に入り

( このあつい熱が、どうかずっと冷めないことを、願ってしまった )



・・・・・
アンケでアマイモンにコメント来てたので、久々に王様〜。更新おくれてすみません、新生活でバタバタしてます。これからもまったりですが頑張ります!リクエストも待ってます☆


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