バタバタと騒々しい音で目が覚めた。

 寝起きの気怠さに眉をひそめながら、本もろともソファに沈んでいたジョーリィは、ゆっくりと体を起こした。寝違えた首が痛み、不快さをかき立てる。

 関節を鳴らし、あたりを見渡す。机、そして床にまでフラスコやビーカーが散乱していた。昨晩は実験に明け暮れ、すべてを終えると同時に意識を失ってしまったらしい。

 思い返せば、しばらく食事も睡眠もとっていなかった。自らの身体状況も把握できていなかったとは。自身の情けなさに、ひとり苦笑する。

 ソファを離れ、机上に投げ出されていたサングラスをつまむ。髪をかき上げ、薄い色素の瞳をその闇に隠した。まずは食事だ。今が何時なのかは分からないが、食堂に行けば何か食料は見つけられるだろう。ジョーリィは適当に服装を整え、外に出ようとドアに触れた右手に力を加えた。

 しかし、


「うわあっ!?」

「…!」


 ドアノブをひねり押し開けた扉に、鈍い衝撃が走った。どうやら、廊下を走っていた人物に、ドアが衝突してしまったらしい。ものが床に散らばる音と、小さな呻き声が聞こえた。

 ジョーリィは、衝撃で閉じかけたドアを再び開け放ち、ゆっくりと視線を床に向けた。


「…なんだ、お前か。ルカ」

「っ、ジョーリィ! いきなりドアを全開にしないでください!」


 そこで尻餅をついていたのはルカだった。廊下は広いのに、なぜわざわざ部屋側を通るのか。間の抜けた性格に、ジョーリィは溜め息を吐き出した。


「お前が廊下を走り回っているのがいけないんだろう」


 ルカは痛みに涙を溜めながら、散らかった帽子や荷物を拾いあげている。やれやれ、何をそんなに急いでいるのか。

 しかし、ルカの手に収まっていくものの中に気になるものを見つけ、ジョーリィはサングラスの下の瞳を細めた。


「…風邪でもひいたのか?」


 ビニールに包まれたカプセル型の錠剤を指差せば、ルカは顔色を変え、あからさまに狼狽した。彼は慌てて目元の涙を拭うと、錠剤を拾いあげジョーリィを睨む。見慣れた色の瞳は、不快さと警戒で染まっていた。


「あなたには関係のないことです。失礼します!」


 それ以上の追及を避けるように錠剤を抱え込み、ルカはまた走り去った。騒々しい足音が遠ざかり、静寂が訪れる。


(…分かりやすいな)


 その背中を見送ったジョーリィは、ポケットから葉巻を取り出し、青い炎で煙をつけた。

 朝から慌ただしいルカに加え、解熱のカプセル剤、さらにあの態度とくれば、もう答えが出ているようなものだ。

 ジョーリィは寝癖で跳ねた髪を無造作に整え、ルカの消えた方角へゆったりと足を向けた。



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 体が重い。のしかかる布団を押し退け、わたしは襟元をゆるめた。熱で感覚が鈍り、ちょっとの動作にも苦労する。

 数分前に、ルカが薬を持ってきてくれた。でも、まずは何か食べなければということで、今は調理に出て行っている。静寂と気怠さがわたしを覆い、表現しがたい心細さに胸が苦しい。

 寝返りを打つ。熱は逃げてくれない。早く治らないかなあ。熱いため息を吐き出せば、耳にノックの音が響いた。


「失礼するよ、華子」

「…ジョーリィ?」

「ああ、起きなくていい。熱があるんだろう?」


 寝台に手をついたわたしを、訪れたジョーリィが優しく押し戻す。されるがまま横になれば、手袋をしていない手が、おでこに当てられた。


「…なんだ、たいしたことはないな」

「どうして残念そうに言うかな…」

「クク、なに、私だって心配していたのだよ。これは安堵だ。…全く、ルカは大袈裟だな」

「…それは同感…」

「こんなものより、私の調合した薬を飲め。こちらの方が体に良いし、よく効く」


 ジョーリィはルカの持ってきたカプセルをつまみあげ、代わりに小さな錠剤を置いた。見た目はさほど変わらず、きっとルカが戻ってきても、薬が変わったことには気づかないだろうと予想できる。


「…これ、ジョーリィが作った薬なの? なんだか、いろいろ不安なんだけど」

「ククク。よほど信頼されていないようだ。…まあいい、」


 頬にかかる髪を指先ではらわれ、黒いサングラスごしに、綺麗な青紫と目があった。めまいに襲われ、吸い込まれそうになる体をわたしは必死に押さえる。


「早く風邪を治しなさい。君がいない館は、ひどく静かで気味が悪いからね」

「わ、わかった」

「…お大事に」


 静かに扉が閉まり、また部屋にひとりになる。しかしわたしの胸には、さっきのだるい熱とは違う、暖かな火が灯っていた。





Daily life when you are not

( 君がいない日常 )




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タイトルは「たとえば僕が」さまより。ぱっと思いついてサラリと書けました。上辺意地悪く、内心優しいジョーリィがいとしすぎます。


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