日本晴れ。その言葉が、今日ほどに相応しい日はないだろう。 太陽は眩しく、青い空は澄みきっていて、一点の曇りも見当たらない。そよ風は涼やかに、季節の香りを運んでいる。背の高い草花がさわさわと囁き合い、頭上を小鳥たちが駆けっこしながら通り過ぎた。ああ、素晴らしき快晴の日! こんな日は、暖かい中庭で昼食を頬張り、ゆらゆらと夢の世界に旅立ちたい。というか、そもそもそのために席を立ったのだ。それなのに、なぜ。 「…」 「…あのう、ネイガウス先生?」 わたしは、壁際に追い詰められているのか。 午前授業も終わり、お弁当片手に中庭に向かっていると、見知った塾の講師が目の前に現れたのだ。先生は、頭にハテナを浮かべるわたしを、強引に校舎裏まで引きずってきた。 そして現在の、目の前に先生、背後に壁という、残念なサンドイッチ状況になる。 「だ、誰かに見られたりしたら、やばいんじゃないですかね…?」 生徒が通りかかったら、どうするんだか。こんな明るい時間ゆえに、わたしはずっとそわそわしている。いや、暗くてもだめだけど。むしろ嫌だけど! 先生は、わたしを壁際に追い詰めたまま、視線をそらさずに口を開いた。 「別に見られようと、構わない」 「えっ、停職処分されますよ!?」 「…別にいい」 「馬鹿なの!?」 わたしたちは、恋仲だ。 立場上かくしてはいるが、休日にデートにだって行った。手も繋いだ。お互い気をつかうこともあるが、平穏に話し合いをして解決してきたつもりだ。 なのに、どうして学校でこんなことに…。 「え、えっと。お話なら放課後に聞くし…。わたしはこれにて!!」 気まずい空気に耐えられなくなり、言い終わるや否や、わたしは走り出した。 しかし数歩で手首を掴まれ、急停止。捕まってしまいました。わたし瞬発力なさすぎだなあ。むしろ先生が速すぎ。握られた手首が痛い。 それどころか、先生はわたしを壁に押しつけられてきた。手首が壁にぬいつけられ、ギリギリと軋む。 「い、痛い…」 「お前、男と親しげに話していただろう」 「…へ?」 驚いて顔をあげれば、そこにはつまらなそうな表情があった。え、先生ってそんなカオもするんだ。思わず見とれていたら、手首の圧迫が弱まった。 視線をそらして俯く先生に、わたしは慌てて飛びついた。 「あっ、あれはただ課題の相談してただけで。というか、クラスメートだし、そのくらいは…」 「…そうだな。いや、すまない。見苦しいことをしてしまった」 暴力的になってしまったことを後悔しているのか、先生は苦々しい顔で謝った。 それにしても、まさか嫉妬されるだなんて。可愛いところあるじゃない。柔らかくなった空気に、わたしはほっと息をつく。 「じゃ、休憩おわっちゃうからこれで…」 「待て」 「え、まだなにか…っ!?」 背中に鈍い痛み。急に覆いかぶさられ、わたしはまた壁に追い詰められた。ゴツゴツした手は強く、だけどさっきよりは優しく、わたしを押さえつける。不揃いな先生の黒髪が、耳元をくすぐった。 わけもわからず顔を赤くしていたら、ぴりっとした痛みが、うなじあたりを襲った。先生がゆっくり離れれば、かすかなリップ音。余韻の残る、うなじの熱。 ま、まさか。 顔を離した先生は、満足げな笑みを浮かべ、わたしの首筋をするりと撫でてみせた。 「こうすれば、もう心配はいらないだろう…?」 震える手で手鏡を取り出す。わたしの首筋に赤い痕が、太陽に照らされて映えていた。 本能>理性で構成されてます ( あれっ。佐藤さん、なんで室内でマフラーしてるの? ) ( 暑くないんか? ) ( うう、何も聞かないで…! ) ---- アンケリクの壁際ネタでした。追い詰め度が低かったかなあ…。嫉妬なおはなしになりましたが、いかがでしょう。 タイトル:しろくま便 |