「うわ…、これはやばいなあ」


 開口いちばん、わたしはそう言った。

 視界を覆うのは、ちらつくなんてレベルじゃない、襲いかかるように降り注ぐ、雪。これが吹雪の見本です、と辞書に載せたいほどの降りっぷりだ。加えて道路まで真っ白。息も雪色に染まる。

 仕事を終えて帰宅しようと外へ出てみれば、このざまだった。天気予報のうそつきめ。曇りだって聞いていたから、むろん傘なんて持ってきていない。

 ふうっと、白い息を吐く。まあ、ここで突っ立っていても止みそうにはないし、寒いだけである。あいにくコートにもフードはついていないので、やや下向きでアスファルトを見つめ、わたしは帰路を歩き始めた。

 向かい風が、わたしを襲えと雪に指令している。まあこれは立派な被害妄想なんだけど、そうとしか考えられないほど、顔に雪粒がべしべしと直撃する。うわ、目に入った。

 体温でとける雪に、視界がかすむ。やむを得えず、交差点の手前で立ち止まった。


「…、あ」


 ぱちぱちまばたきをしていると、強いコントラストが目に飛び込んできた。白い景色に浮かぶ、一筋の黒。本来なら闇に沈む漆黒が、積もった雪に照らされてひどく映えていた。

 しばらくその光景に見とれていたが、黒の正体が見知った男だと気づき、わたしは雪の上を駆けた。おーい、と手を振り上げる。それが間違いだった。

 バランスが崩れ、足先が宙に投げ出された。


「ほわ!」


 変な悲鳴が口から飛び出し、白い道に派手に尻餅をついた。


「クク、これはこれは…。まさか、はしゃぎ回って滑るとはね。そんなに雪が珍しいかな?」


 腰をさすっていたら、頭上に煙草の煙が舞った。聞き覚えのある低い声に、わたしは絶望する。最悪だ。

 しゃがみこんだまま、煙を吐き出す男を睨みつけた。


「はしゃいでないし! 歩いてたらジョーリィが見えたから、わざわざ会いに行ってあげてたの!」

「…ほう、私の為に走ってきてくれたのか? それは嬉しいねえ。そんなところで休まず、真っ直ぐ来てほしいものだったが」

「…こ、これは事故だし!」

「ククク。ほら、手を貸そう」


 目の前に、黒い手袋が差し出される。

 その手を頼りに立ち上がれば、ジョーリィが鞄を押しつけてきた。こけた時に飛んでった、わたしの荷物だ。それを受け取り、じめっとした視線をジョーリィに送る。


「…そこは、持ってくれないんですか」

「当然だろう。なぜ私が、君の荷物まで面倒を見なくてはならない」


 私が面倒を見るのは、君ひとりで精一杯だよ。

 その言葉に驚いて目を見開けば、彼の口元が弧をえがいた。


「どうした。何を驚いている」

「別に…というか、わたしを研究対象みたいに言わないでよ」

「事実、研究対象だからな」

「サイテー」

「光栄だね」


 言い争いながらも、ふたり並んで歩き進める。なんでついてくるの、ジョーリィの家はあっちでしょと突き放せば、またこけられては困るからな、もうこけないってば!の、いつものやりとり。

 しばらく歩み続けて、まさか彼はわたしを迎えに来てくれたのかしら、という考えが頭をよぎった。大体ジョーリィは部屋にこもっていて、外に出るなんて珍しい。ましてこんな天気だ。

 わたしは、胸のあたりがほわりと暖かくなるのを感じた。素直じゃないやつめ。

 少し先を歩く背中に歩調を合わせ、わたしは少しだけ身を寄せた。


「ねえ、ジョーリィ」

「何だ」

「ありがとう」

「…ふん」





君はさみしさもあたたかさも知っている

( 淡々とした瞳の奥には、切なくて甘い感情でいっぱいなんだ。 )




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タイトルはaffirmationさまより。地中海のレガーロ島は雪ふらないんだろうなあ、ってことで現代パロ。海外作品は色々と設定が大変だ…。


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