蛍光灯の無機質な光が、ライトブラウンの机を白く照らす。その眩しさの中で、わたしはシャーペンをくるりと、指先で回転させた。続けて、くるり。くるり、くるり、くるりくるりくるりくる


「コラ」

「いたっ」


 無言でシャーペンを回し続けていたら、頭部に鋭い手刀が入った。効果音にするなら、どすって感じ。反射的に痛いとは言ったものの、どっちかと言えば、脳が揺れた不快感が強い。

 わたしは腫れてもいない頭をさすって、机に突っ伏した。


「痛い、すごく痛い。今ので記憶した単語、全部きえたー。あーあ、メッフィーさんのせいでー」

「おや。それなら、最初からやり直しですね。時間もないことですし、休憩は延期ということで…」

「うそですごめんなさい」


 もはや脅迫とも言えるメフィストさんの言葉に、シャーペンを握り直し、背筋を伸ばす。

 が、文字で埋め尽くされた問題集が目に入った瞬間、わたしのくちから魂が抜けていった。


「…消えてなくなりたい」


 両手で顔を覆い、つぶやく。英文なんか見たくないし、もう計算もしたくない。

 じめじめと俯いていたら、背後から深いため息が降って来た。そう、わたしにチョップをいれた、犯人だ。

 恋人であるメフィストさんは、今はわたしの家庭教師役をつとめている。と言っても、泣き言ばかりのわたしに喝を入れているだけだが。彼は、黒ぶちの伊達眼鏡を指先で、くいと上げてみせた。


「ああ!せっかくこの私、メフィスト・フェレスが直々に指導しているというのに。何ですか、貴女のやる気の無さは」

「うう…頭のいい理事長さんには分からないだろうよ…」


 またしても厳しい言葉に反論できず、うなだれる。

 しかし、いつまでもぐずぐずしていられないのは事実。わたしは渋々シャーペンを握り、問題に向き合った。

 わたしが机に向かいだすと、メフィストさんは満足そうに笑って、となりのソファに座った。ぱらぱらと紙をめくる音がする。本でも読んでいるのかもしない。あーあ。いいなあ、大人は気楽で。

 それからは黙々とペンを走らせていたわたしだったが、数問といて、腕がとまった。


「メッフィーせんせー」

「あー、はいはい」


 ヘルプを出せば、メフィストさんは重そうに腰をあげた。

 机に影が落ち、ふわっと甘い香りが広がる。優しい香りだなあ。わたしは内心でほほ笑む。…ちょっとドキドキしてしまったのは、秘密だ。


「ふむ…。ここは、こうですね。さっきの問いでもやったでしょう」

「そっかあ、前のと同じ考え方でいいのか。なるほどなるほど…ん?」


 頬に何かが触れ、わたしは顔をあげる。何か、の正体はメフィストさんの髪の先だった。背後から、わたしを抱きすくめるようにして身を寄せている。


「…っ、え」


 心臓が跳ね上がる。ななななんですか、いきなりのこの状況。体中が熱くて、波打つほどに脈が早い。

 メフィストさんは眼鏡を片手で外し、わたしの髪に唇を寄せた。


「ど…、どうしたんですか」

「いえ…。ただ、華子に触れたいな、と」

「っ!」


 シャーペンを握るわたしの指に、メフィストさんの大きな手が重なる。


「勉強が面倒で、つらいのはわかります。しかし、私だって我慢しているのですよ? 短時間で集中し、早く休憩をしましょう。でないと、」


 ゆっくりと、目の前に黒ぶち眼鏡が現れた。そのまま、耳にかかる髪をよけられ、わたしに眼鏡がかけられる。繊細で確実な動作で、メフィストさんが耳元に唇を寄せて囁いた。


「我慢、できなくなる」


 ぎゅ、と抱き締められる力が増す。長い指先で唇をなぞられ、わたしはぞくぞくした痺れに襲われた。



 わたしを解放した後、メフィストさんはくすくす笑って、お茶を淹れてきますと出ていった。

 わたしは必死に顔の熱を逃がしながら、そっとシャーペンを握り直した。





家庭教師の事情

( 貴女に触れたくて、仕方がない )




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白烏さんリクで、受験勉強中ネタでした。センター終わって全く筆記の勉強していないので、過去を振り返りながら書きました笑 お気に召して、いただけましたか?


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