数日前に積もった雪が、路地裏の闇に白く映えていた。


「こんにちはー!」


 重厚な扉をノックして、わたしは理事長室に出勤した。室内は、一般庶民のわたしが味わうには、もったいないほどの豪華絢爛。まあ、今となっては見慣れてしまったけど。慣れってこわい。

 肩にかけていた鞄をソファに下ろし、マフラーをほどく。数か月前から続く、いつもの習慣。

 わたしは秘書という職名で、理事長さんの身の回りのお世話をしていた。秘書、と言うと堅苦しいけれど、仕事内容はそれほど大変ではない。おしゃべりしたり、一緒にお菓子を食べたり。むしろ楽しいといっていい仕事だ。


「いらっしゃい、佐藤さん。今日はずいぶんと冷えますねえ」

「朝も寒かったですけど、今もすっごく風が冷たいですよ!」


 今日は、午前はメフィストさんが外出だったので、ここでの勤めは午後からだった。朝早くから外での仕事だなんて。やっぱり彼は偉い立場の人だ。毎日のんびり会話しているだなんて、いまだにウソみたい。

 マフラーをたたむと、早速お茶の準備を始める。おやつの時間にちょうどいい。やっぱり、甘いものがいいんだろうなあ。何にしよう。カチャカチャと棚をあさる。あ、そういえば。


「今日、ここに来る途中に、中学生数人がいたんですけどー」

「おや、この時間に?」

「多分、テスト週間かなんかだと思います。…それでなんと、その子たちってば」


 肘をついて、わたしの話に耳を傾けるメフィストさん。いつになく真剣に語るわたし見てを、珍しそうに、興味深そうに瞳がゆれている。そのまなざしをしっかり受け止め、わたしは息を吸った。


「なんと…ソフトクリームを食べていたんです!」

「…は?」


 拍子抜けしたのか、メフィストさんは間抜けな声を出した。なんだ、その反応。どうやら少しも理解されていないらしい。この感情を伝えるため、わたしは力説する。


「この、さっむい日にソフトクリーム!見てるだけで凍えそうでしたよ」


 ああ、思い出したら寒くなってきた。ほんと、若い子たちは元気だなあ…。

 言いたいことはわかったとばかりに、メフィストさんは椅子に深く腰かけた。腕を組み、楽しげにわたしを見つめている。


「いいじゃないですか、健康的で。きっと、夏に熱々ラーメンを食べたくなるのと同じですよ」

「えー、そうですかあ?」

「そうですとも。…しかしなんだか、その話を聞いていたら、食べたくなってきましたねえ。ソフトクリーム」

「はっ!?」

「…いや、そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」


 アインス、ツヴァイ、ドライ☆

 お馴染みの呪文で、ぽんっとメフィストさんの右手にソフトクリームが現れた。白くて甘そうな誘惑も、今は忌々しいだけだ。


「ほらほら、佐藤さん。召し上がれ?」


 ずいっと冷気を近寄せられ、悲鳴をあげる。


「や、やめてくださいっ。ただでさえ寒いのに、そんな冷たいの食べませんよ!」

「…冷たいのが、嫌なんですか?」

「当たり前ですよっ」


 ふうん、と目を細めて、メフィストさんはソフトクリームを舐めた。うわあ、有り得ない。悪魔は寒さも感じないんだろうか。

 わたしの方は、とにかく温まろうと、甘い紅茶をカップに注ぐ。指先がじわじわとあたたまった。


「…はい、メフィストさんの。どうぞ」

「ありがとうございます。…華子、」

「え、名前…っ」


 なんで名前を。そんな疑問は、一瞬にして消え去った。

 腰に回った腕、優しく触れる長い指。なによりも、唇に感じる、柔らかな感触。

 ああ、キスされてるんだ。頭の端っこで、冷静なもうひとりの自分が呟いた。あまりに突然のことに、焦ることも拒絶することもできず、ただ受け入れるだけ。すると、急に角度が深くなった。油断していた唇のすき間を割り、舌が侵入してくる。

 冷たい刺激が走り、甘い香りが口内に広がった。

 わたしはようやく、目の前の男を突き放した。金縛りがとけたみたいに、勢いよく腕が伸びる。


「っぷは!…な…、なに考えてるんですかっ」

「いやあ?別に?」


 顔を真っ赤にして睨みつけるが、メフィストさんはニヤニヤ笑うだけ。むしろ、ぺろりと唇を舐める仕草に、心臓が跳ねた。あわてて自らの唇を拭う。


「冷たいのは嫌、とおっしゃるので。温めて食べさせてあげようかと」

「なにそれ!ソフトクリームの意味ないし!…ひっ」


 どういう発想してるんだ。ばかじゃないの。

 怒鳴りつけるわたしを、彼は面白い芸でも見ているように口元を歪める。そして何を思ったのか、再びわたしの腰に腕を回してきた。近くなる綺麗な瞳に、吸い込まれそう。

 メフィストさんは、優雅にわたしの手をとった。


「美味しかったですか、ソフトクリーム」

「…そりゃ、美味しかったですけど。だからって」

「ならば、全部食べさせてあげましょう!…もちろん、ちゃんと温めて☆」

「はあ!?いりませんよ!余計なおせわ…ちょ、や、やめっ…んんーっ!」





ぜんぶ食べてあげるわ


( いやあ、2倍の甘さで最高でした! )
( もう一生ソフトクリーム食べれない… )



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先日、ソフトクリームを食べてる中学生を見て、そのまま思ったことをおはなしに。寒いのに、よく食べれるなあ…。タイトルは葬送花さまより。


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