太陽が傾き、空が赤くなり始めた頃。私は机に向かって読書をしていた。蛍光灯の白い光に加えて、西日がページを染めている。

 そろそろ夕食の支度をしないと、と本を閉じる。途端にガタガタと窓が揺れ、驚いてびくりと肩が跳ねた。なんだろ、風か地震か…って。


「あ、アマイモン…?」


 窓を見ると、そこにはトンガリ頭の見慣れた男。べたり、と窓に張りついている。うーん、ここマンションの7階なんだけどな…。誰かに見つかったらどうするんだろう。

 窓がガタガタとまた揺らされた。ガラスのせいで声は聞こえないが、口が「あけてください」と動いている。

 慌ててロックを外し窓を開けると、アマイモンはぎゅ!と言いながら抱き付いてきた。


「なに、どうしたの?」

「華子に会いたくなりました」


 素直、というか、直球なアマイモンの頭をよしよしと撫でる。意外と髪は柔らかくって、私はちょっぴり癒される。

 アマイモンは私を抱き締めたまま、ソファに飛び込んだ。

 その時、肩越しに机の上に置いた本が目に入る。さっきまで読んでいた本だ。


「地の王アマイモン、かあ」

「?」


 並んで座り、首をかしげるアマイモン。読んでいた本は悪魔についてのものだった。もちろん地の王であるアマイモンの記載もある。

 その地の王が目の前にいるなんてね。今更だけど不思議な気持ちになり、頬がゆるんだ。


「なんだかんだ、アマイモンって有名人だよなあって思ったの」

「有名、ですか」


 たくさんの人達が、彼の名前を知っている。憎しみに満ちた声で呼ばれることも多い、その名前。でも私は彼の名前を素敵だと思う。なんか可愛いし。

 だけど。


「ねえ、アマイモン」

「なんでしょう、華子」


 アマイモンは持っていた棒付き飴を舐めながら、私がテーブルの上に置いておいた、お菓子のバスケットを漁っている。それを眺めつつ、私は口を動かした。


「今日から"スイーツ"って呼んでいい?」


 ぴたり、と彼の動きが止まった。

 しばらくして、ビリビリと包みを破く指が動きだした。あ、それ、アマイモンが好きそうだなって買ったやつだ。よかった。


「スイーツ…知ってます。前、兄上がスイーツバイキングというものに連れていってくれました。だけどボクはアマイモンです。スイーツではありません」


 バリバリと飴を噛み砕きながら言うアマイモン。相変わらず周りが散らかるのなんて、少しも気にしてないみたい。よくこんなのでスイーツバイキングに連れてったな、メフィストさん。

 提案を受け入れてくれない彼に、答えがわかりきっていることを聞いてみた。


「甘いの嫌いだっけ?」

「大好きです」

「じゃあ、」

「イヤです」


 ざっくり却下。

 つまんないなと思って飴玉に手を伸ばすと、腕を掴まれた。なんだ、私にはくれないってのか。というか私のなんだから――と、反論しようとした言葉は、アマイモンによって塞がれてしまった。

 くっついた唇から甘い味がした。


「…華子には、ちゃんと名前で呼ばれたいです」


 唇を離し、私の目をまっすぐ見つめて言った。

 私はすぐに、可愛いこと言うなあなんて余裕ぶってみたけど、心臓は高鳴ってて、すごく騒がしい。なんか、嬉しいな。


「でも、…ちょっと残念かも?」


 再びお菓子の包みを開け出したアマイモンの左手は、私の手を掴んだまま。私は、その暖かみを感じながら続けた。


「せっかく、私だけの呼び方ができると思ったのになあ…」


 アマイモンはまた首を傾げて、そして思い出したように私にチョコレートを差し出してきた。私が口を開くと、あーんと言いながらチョコを食べさせてくれる。

 甘さを味わっていると、アマイモンは掴んでいた腕を離し、手を繋いできた。指を絡め、ぎゅっと握られる。


「華子はどうしてそんなに呼び方を気にするんですか?」

「だって、みんながアマイモンって呼んでるんだよ?アマイモンには名字とかないからね。だからもし、私だけ別の呼び方したら、」


 不思議そうな顔で見つめてくるアマイモンが愛しくて、私はふわりと笑ってみせた。


「特別、っぽいかなって」


 言い終わると同時に、アマイモンが私を強く抱き締めた。





私だけの王子様


(華子は可愛いですね)
(そお?私はスイーツもなかなか可愛いと思うよ)
(…でも、やっぱりそれはイヤです)
(えー)




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アマイモンが窓から出入りするのはお決まりかなと思ってます。


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