空がだんだんと色を失いだす頃、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。担当の先生に礼をして、本日の祓魔塾の授業は終わり。わたしはぐぐっと腕を伸ばし、固まった身体をほぐした。

 机に転がったシャーペンを拾い、向きをそろえて筆箱に片づける。その時カラリ、とペンが転がった拍子に、今日も十分な睡眠を確保した燐が顔を上げた。チャイムでも起きなかったとか、どんだけ爆睡しているんだか。

 眠そうにまぶたをこする彼を見て、わたしも思わずあくびがこぼれる。早く帰って寝てしまおう。

 荷物を鞄にしまうため1枚のプリントに手を伸ばし、わたしはちいさく声をあげた。それは、朝最初の授業で返却された小テスト。しかし、ただの小テストではなく、採点ミスのついたものだったのだ。

 しばらくその点数とにらめっこをして、念のために友達のしえみに答えを確認。やはり採点間違いのようだ。先生のとこ行ってくる、と言えば、しえみは笑顔で見送ってくれた。可愛いなあ。一生懸命なしえみに癒された後、わたしは鞄片手に教室を出た。

 足が向かうのは、講師の先生がいる職員室。そう思うだけで、心臓がどくどくと高鳴る。足取りは自然と速くなり、長いはずの道のりは、あっという間だった。


「失礼しまーす。ネイガウスせんせ、いますか」


 軽くノックをし、扉を開けて職員室に踏み入れた。しかし、見えるのは資料や紙束だけ、誰の姿もない。

 なんだ、留守なのか。そう思い、こっそり溜め息をついて落ち込んでいたら、積み上げられた本の山から目的の先生の顔が覗いた。


「佐藤か、どうした」


 どうやら、書類や資料を整理していたようだ。珍しくネクタイをゆるりとさせ、プリントたちに埋まるように先生がいた。

 会えた嬉しさに高鳴る鼓動を抑え、わたしは大量の本に近づいた。床に散らばる書類を踏みつけないように気をつけながら、問題の小テストを差し出す。


「ここなんですけど、採点ミスってます」

「…ああ、確かに」


 わたしの言葉にプリントを受け取ると、先生は眉間に皺を寄せ首を傾げた。しかし、すぐに間違いに気がついたのか、胸元のポケットからペンを抜く。カチッと心地良い音でペン先が現れ、しゅるりと赤い線が走った。先生らしい綺麗な採点の丸がついて、あっさり問題は解決する。

 その間にも、わたしの視線は先生の動作ひとつひとつに奪われていた。ペンを握るごつごつした指だとか、プリントを見つめる伏せた睫毛だとか。男の色気というやつだろうか、わたしはすっかり釘づけになってしまった。


「これでいいか」

「あっ、はい。ありがとうございます…」


 先生の声に我にかえり、慌ててプリントを受け取る。点数を再確認して、そしてわたしはそのまま黙りこんでしまった。

 用事は済んでいる。だけど、せっかくの2人きり。まだここにいたい、先生と話していたい。でも話題が見つからない…。

 そこでわたしは、彼の首元に巻きつくゆるんだ布に注目した。


「…先生。ネクタイゆるめてますけど、取らないんですか?」

「…ああ。そうだな、これはマナー違反だった」


 そう告げれば、先生は妙に納得した顔をして、しゅるっとネクタイを外した。意外と白い鎖骨が現れてドキリとする。ひ、卑怯すぎる。色々と。


「しかし今日は暑いな」

「そ、うですね」


 わたしは別の意味で顔が熱いですけど。

 ネクタイをはずした先生は再び書類に手をつけ始め、わたしはいよいよ話すこともなくなった。そわそわと視線をさまよわせる。いたたまれない思いに襲われ、ついにわたしはじりじりと後退した。


「じゃあ、失礼しま…」

「佐藤」

「は、はいっ?」


 体の向きを反転しようてしたら呼び止められ、その場で一回転してしまった。うわあ恥ずかしい。

 そんな様子さえ気にしていないようで、先生はがさがさと机の上をあさっている。紙の束が崩れそうだ。

 目的の探しものを見つけたのか、先生は何かを掴み、わたしに手渡した。


「湯ノ川が土産にとくれた物だが、…ひとつやる」

「!あっ、ありがとうございます!」


 緊張のあまり、勢いよく手を差し出す。声も裏返ったかもしれない。受け取る時に、一瞬だけ触れた体温が、やけにくすぐったかった。

 顔に火がついたみたいに、熱い。その赤い顔を隠すようにして、わたしは挨拶もほどほどに扉の外に飛び出した。

 廊下を駆け抜け、外へつながる大扉の前で立ち止まる。両手でつつみこんだものを見れば、お饅頭のようなものだった。お土産、ねえ。先生本人からのプレゼントじゃないのは残念だが、嬉しいものは嬉しい。わたしは透明なフィルムを、優しくつつんで持ち直した。

 これはもったいなくて、食べれないな。とりあえず、帰って写メろう。食べるのはそれからだ。

 わたしはドアノブに手をかけ、スキップするように外へと飛び出した。





世界で一番あまい病

( なんてことない仕草ひとつに、どうしようもなくドキドキして。 )




- - - -
アンケリクの先生の仕草にいちいち反応しちゃう話でした。いやあ難しかった、なんでもアリなので。かなり実話をぶちこんで完成させました。笑 / タイトルは「hmr」さまより


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -