ただいま、と小さくつぶやいて玄関を開けると、目の前に今年一番の仏頂面が待ち構えていた。

 いきなりの出迎えに、思わず目を見張り動きを止める。立ちはだかる相手は隻眼を細めたまま、ぴくりとも動かない。その様子からわたしが察したのは、彼がとても不機嫌だということだけだった。とりあえず外の冷たい風が入り込まないようにと、玄関のドアを閉じる。

 バタンと音が響き、わたしはぎこちなく振り返った。色々言いたいことや聞きたいことはあるが、ここではあまりにいたたまれない。突き刺さる視線を感じながら、いそいそと靴を脱ぐ。フローリングに足を乗せ家に上がろうとしたら、並々ならぬ力で腕を掴まれた。


「い…っ!?」


 ずきりと鈍い痛みが走り、今日の記憶が一瞬にしてよみがえる。そういえば、怪我をしていたんだった。いつものように任務で下級悪魔と争っただけなので、すっかり忘れていた。

 ずきずき脈打つような痛みが腕を這う。患部をピンポイントで握るなよ、と正面の男を睨んだ。しかしそれは逆効果だったようで、容赦なくギリリと腕への圧が増した。


「いたたたた」

「ちゃんと医工騎士に見せたのか」

「え? なに言って、いたいっ!」


 ようやく喋ったかと思い、問いの意味を聞き返すも、言い終える前に体が揺れた。腕を掴んだままで引っ張られ、また痛みが走る。

 ずかずかと廊下を進み、リビングのソファに捨てるように落とされた。


「ちょっと、いきなり何す」

「傷を見せろ」

「な」

「早くしろ」


 言葉を紡ぐ間も許されない。切り捨てるような指示に気圧され、渋々従う。ぼんやりとだが、ようやく彼の怒りの原因が見えてきた。おそらく怪我の報告を聞いたんだろう。腕をまくりあげると、テキパキと薬の準備が進んでいた。


「…なに怒ってんの」


 腕を差し出し、ご機嫌斜めな男に対面する。当てられた消毒液が傷にしみて痛い。慣れた手つきで治療を進める男の返答は、実に淡泊だった。


「わからないのか」

「…なんとなく、わかる」

「なら聞くな」


 しゅるりと白い帯が腕を覆う。乱暴な言葉とは裏腹に、優しく気遣うように包帯が巻かれた。

 その時、彼の腕にも同じ白い包帯があることに気づいた。わたしはそれをじっと見つめ、続けて巻かれたばかりの自分の腕を見下ろす。なぜか、嬉しいと感じた。


「…おそろいだね、先生」


 考えるよりも先に、口に出してしまっていたらしい。はっとして顔を上げるも、ほぼ同時に思い切り肩を押さえつけられ、ソファに倒されてしまった。のしかかるようにソファに足をかけた男が、わたしの視界すべてを埋めた。


「ふざけるな…!」


 熱くて、冷たい言葉だった。何かを堪えるように吐き出された五文字は、わたしを突き放すようで、そして気遣いに溢れている。

 わたしが目を合わせれば、瞳を揺らし、彼は深く長い溜め息をついた。


「…まず第一に怪我をするなと言いたいところだが、任務上仕方のないことだ。怪我をしたなら応急手当てくらいしろ。そしてすぐ医工騎士に見せろ。…傷跡が残ったらどうするつもりだ」


 視線を逸らしながら並べられた文句に、今すぐ謝らなくてはいけないはずなのに、思わずわたしは笑みをこぼしてしまった。とたんに目の前の眉間のしわがみるみる深くなり、わたしは慌てて、


「ご、ごめんなさい。次から気をつけます…」


 そうつけくわえた。

 覆いかぶさる影はまた溜め息をつき、肩を押さえていた力を弱めた。腕の痛みが静かにおさまっていく。安心してわたしが息をつくと、華子、と名前を囁かれた。距離をつめられ、額に軽くくちづけられる感触。


「…あまり俺を不安にしてくれるな」


 怪我の報告を受けてからお前が帰ってくるまでの時間が、どれほど長かったことか。

 真っ直ぐ見つめられ、わたしは頬が赤く染まるのを感じた。不器用な愛がゆるやかに染み渡る。わたしはすぐ近くの優しい瞳に、小さい声でごめんなさいと謝った。

 そして、丁寧に巻かれた包帯をなでて、ありがとう、と笑った。





愛しい姫には包帯を

( ちょっと甘やかされすぎじゃないかな、わたし )




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溺愛ネイガウス。先生のデレは書いててほんと幸せです。そしてなぜか彼の名前を表記しないようにしました、理由はわたしにもわからない!


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