コンコン、と軽いノックをしてから、重厚な作りのドアを開ける。途端に一面のピンクが目について、思わず顔をしかめてしまった。

 慌てて仕事用の真面目な表情に戻し、姿勢を正して踏み込んだ。


「理事長、奥村君から報告書です」


 私が数枚の紙を差し出すと、メフィスト理事長は顔を上げて、にこりと微笑んだ。


「お疲れ様です☆佐藤さん」


 書類を渡し、特に他の用事もないので早々に退室しようと軽く一礼する。


「では、失礼しま――」

「ついでなので、お茶でもいかかでしょう?」


 視線を戻すと、理事長の指がパチンと鳴り、紅茶の注がれたカップが2つ現れた。

 甘くていい香りが私を誘う。


「…いただきます」


 私は理事長室の、柔らかいクッションの置かれた椅子に腰掛けた。

 というか、聞いてる割にはもう魔法で出してるじゃないかと思う。断る権利はない、ということですね。わかります。

 コトリ、と机にカップが置かれる。お礼を言って口をつける。美味しい。

 そのまま理事長はフィギュアの並んだ大きな机で、報告書に目を通し始めた。その様子を見つめていると、先ほど報告書を書いていた若き教師のことを思い出す。


「理事長」

「何でしょう☆」

「奥村君って素敵ですよね」

「…はい?」


 あれ、なんだか今、意外な声を聞いた気がする。少しだけ裏返ったような声。私は、少し説明が足りなかったかな、と言葉を加える。


「頭も運動神経もいいし、背とか高いし。格好いいじゃないですか。私って眼鏡男子に弱いのかな…」

「…」


 次は無言。どうしたんだろう。

 少々不安になりつつ様子を伺うと、理事長は人差し指を立てて唱え始めた。


「アインス、ツヴァイ、ドライ☆」


 ポン、と可愛らしい音が鳴った後に、私はすぐ変化に気付いた。

 理事長が、眼鏡をかけていた。

 あまりの突然さと、あまりに似合いすぎているそれに、開いた口が塞がらない。当の理事長はどうです、似合いますか?なんて言っている。


「…ど、どうなさったんですか。理事長」


 動揺を隠そうとして失敗しながら、私は尋ねた。だって、意味がわからない。私が眼鏡男子に弱いとか言ったとたん……ってあれ、まさか。


「不愉快ですねえ☆」

「え」


 ぐるぐるした思考をぶった切るその声に、思わず声を上げる。不愉快?なんで。


「佐藤さん、貴女がそういう話をすると、なんだかすごく不愉快です」


 理事長は机に肘をついて、笑っている。台詞と表情が合っていないうえ、瞳が少しギラギラしている気がする。なんだろう、地味に怖い。

 どうしてですか、と恐る恐る聞いても、彼は笑みを崩すことなく眼鏡を押し上げる。


「さあ、どうしてでしょう?」


 私に聞くな。

 それにしてもよく似合っている。眼鏡に触る指が綺麗だなあとか思ってしまった私がいる。

 いや、しかしよく考えてみよう。私が奥村君を褒めたところで、急に理事長の様子がおかしくなり、私が好きだと言った眼鏡を突然かけた。

 つまり。つまり、つまり?


「…それ、何フラグですか?」


 無意識のうちに呟いた私に、理事長は机の上に肘をついたまま細い指を組んだ。


「決して折れないフラグですよ」


 悪魔特有の鋭い歯を見せ妖しく笑う理事長に、私はくらりと眩暈を感じた。





彼はやっぱり悪魔です

(その笑顔は反則)




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眼鏡ネタ書きたかっただけです。


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