薄暗い夜が溢れ出す頃、校舎の屋上。高いそこは風が冷たくて、暖まっていた体温を奪っていった。すっかり授業も終わってしまったグラウンドは、人影もなく静まり返っている。

 そんな屋上に、わたしはいた。さきほどまで補習を受けていたはずのわたしの足は今、なぜか地についていない。


「ひぎゃああああ」


 ばたばたと足を動かし、陸の魚のように暴れる。

 下は見ない。というか、最初に見てしまって絶望した。もう見れない。見たくない。わたしは目をつぶって、体を支える唯一のものにすがりついた。がっちりホールドされているため、落ちることはないだろう。そう、ホールド。誰にって、それは。


「た、たたた高いっ。落ちる! 降ろして、ネイガウス先生っ!!」

「…」


 例の眼帯教師だ。わたしを横抱きにしたまま、可愛い生徒の悲痛な叫びにも全く身動きしない。

 やっぱり、あれか。補習中に寝てたせいか。仕方ないよ、眠かったんだもん。だからといって、この有様はひどすぎる。体罰どころじゃ済まない状態だ。よし、訴えてやる。


「ひっ」


 まさかわたしの悪態が伝わったのかというタイミングで、先生がさらに一歩前に出た。足下は屋上部分があと数センチ。残りは墜落、レッツゴー虚無界☆

 とりあえず、まだ物質界からサヨナラしたくない。わたしは必死に先生にしがみついた。


「ご、ごめんなさいいいいい!」

「…謝らなくていい」

「じゃあ離せよ!」


 身勝手すぎる行動に、思わず暴言も飛び出す。いや、まあ離されたらアウトなんですけども。落ちるし。


「謝る必要はない、が」


 低い声が風に乗り、耳元で渦を巻く。助かるチャンスかもしれない。必死に聞き取ろうと顔を上げると、視線がバチリとぶつかった。わたしを抱く腕に力がこもったのは、気のせいかな。先生はわたしの瞳を真っ直ぐに見つめ、


「愛の言葉は欲しい」


 何いってんの、この教師。

 訳はわからないけれど、うかつに拒否して落下はしたくない。わたしは戸惑いながらも、口を開いた。


「…す、好きです?」

「……そうか…疑問系か…」

「うわあああ好きです!大好き!せんせえ愛してます!ラブ!ラブ注入!!」


 危ない。語尾のハテナひとつの有無で死にかけた。慌てて先生の首に抱きつき、とりあえず知る限りの愛のワードをぶちまけた。言い終わってから恥ずかしくなる。

 これで助かるだろうかと、恐る恐る視線を上げる。しかし、そこにいたのはにやりと口元を歪めた先生。


「ようやく言ったな」


 風が髪を揺らした瞬間、ふたりの距離はゼロになった。

 言葉の意味を問う暇さえなかった。柔らかい感触が、ふわりと唇にあたる。

 え、これって。もしかして、


「…ききききすっ!?」

「ただでさえ教師と生徒なのだからな。一方的な想いで行動を起こせば、問題になりかねん」


 気づけば先生は屋上の端からは離れ、安全な中央あたりまで戻って来ていた。落下の可能性がなくなり、ようやく安心する…わけもなく。

 わたしは目にも止まらぬ速さで、肩に添えられた包帯だらけの手を振り払った。


「じゅ、じゅうぶん大問題だよ!生徒のファースト、きっ、キス奪うなんて!有り得ない!さいていっ」


 色んな意味で顔を赤くして怒鳴り散らせば、先生は余裕の腕組みで、ふんっと鼻で笑った。


「ならば、どうするんだ?」


 ずい、と先生の顔が近づく。どくんと心臓が高鳴った。近すぎる距離に、唇にさっきの感覚がよみがえってくる。顔が熱い。

 今にも触れそうな距離で、先生はわたしの腕を力強く掴んだ。


「お前が今の事を忘れて、のうのうと生活していけるとは思えない。…何が言いたいか解るか? 佐藤華子」





完成された物語

( お前はもう、俺のものということだ。 )




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肉食系ネイガウスで、タイトルはカカリア様より。きっと普段から手を出したくてしょうがなかったんだと思います。このやり方は間違いなくアウトですけどね!笑


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