静かな午後を、乱雑なノック音が打ち破った。自室でぼんやり読書をしていたわたしは、それにゆるりと返事をする。間をあけず、扉は勢いよく開いた。


「佐藤華子!何故補習を受けに来なかった!?」


 姿を見せたのは、塾のネイガウス先生だった。珍しい。いつもの無表情を捨て、声を荒げている。

 つかつかと歩み寄り、十数枚のプリントを机上に叩きつけた。首を伸ばして見やると、補習という文字が目に入る。ああ、きっと今日つかったやつだな。1日でこの量だなんて…だから行きたくないんだよね。


「お前、このままだと永遠に訓練生だぞ。…明日までにこのプリントを終わらせるのなら、単位はやろう」

「えー、めんどくさ…いたい!」


 がっ、と頭を鷲掴みにされた。びっくりして声が漏れる。ヒィ、先生の背後に鬼が見えるのは気のせいだろうか。


「お前という奴は…!」

「華子に触るな、ネイガウス!」


 ばあんと扉が盛大に吹き飛んだ、って、扉ぁあああ!?

 気づけば部屋の扉が、木くずとなって足下に散らばっていた。動揺を隠しきれずわたわたしていると、急に肩があったかくなった。続いて、なぜか先生の舌打ち。


「…フェレス卿」

「生徒に手を出すなど、教師として許されません! というか、華子に触れていいのは私だけです!」

「なんで!?」


 白いマントをなびかせる、長身のメフィスト理事長。今まさに私室の扉を木片に変えた犯人であり、肩のぬくもりの原因でもある。そう、わたしは彼に肩を引き寄せられているのだ。この状況といい、発言といい…いや、何でだろうね。

 対峙するように立ったネイガウス先生は、理事長の手を出す、という言葉に少し慌てた様子で口を開いた。


「わ、私はそんなつもりは…。それを言えば、フェレス卿も教師だろう」


 ネイガウス先生からの反撃も、理事長はきらりと星を飛ばして笑ってみせた。


「私達は愛し合っていますから☆ …ね、華子?」


 さらにぐいと寄せられ、耳元にふうっと息がかかる。甘い囁きに、わたしは腕を振り上げて理事長の腕から逃げ出した。


「ちょ、離してください! わたしは理事長とそんな深い仲になった覚えはありませんっ」


 ぱちぱち瞬きしたかと思うと、理事長は瞼を閉じて微笑んだ。わ、嫌な笑み。


「深い仲…。いやあ、素敵な響きですなあ」

「なっ」


 顔に熱に集まる。な、なんか…わたしが恥ずかしいこと言ったみたいじゃないか。


「わ、わたしはそんなつもりは…!、きゃあっ」


 がしゃああん。

 耳をつんざく音の中で、窓ガラスがきらきら舞う。理事長が咄嗟に傘を広げ、ネイガウス先生が抱き寄せてくれたおかげで助かった。ああ…次から次へと…、一体誰だよ!


「アマイモン!」


 理事長の怒号に、はっとする。


「へ…、アマイモン?」


 先生の背後から顔を覗かせる。見間違えようもない。確かにあれは、


「こんにちは、華子。…と兄上」

「兄をついでのように言うな! 何をしに来た!」

「ハイ、華子に会いに来ました」


 きょとんとした表情をぐるりとこちらに向けられる。


「…ええと」


 わたしは、前に彼にお菓子をあげたことを思い出した。ごそりとポケットをあさる。


「…チョコレートしかないけど、あっ」

「むやみに餌づけをするな! 懐かれますよ!」


 地の王にあげようと差し出したチョコレートは、理事長に取り上げられた。しかしアマイモンがそれに飛び付き、チョコレートの袋があちこちに移動する。


「兄上! これは華子がボクにくれたチョコレートです! 離してください!」

「離すものか! くそっ、お前はいつの間に華子と知り合いに…!」

「面倒を起こすな、フェレス卿! 貴様らが暴れると厄介事にしかならん!」


 騒ぐ悪魔たち。いつの間にやら先生まで加わっていた。いや、先生はうるさい二人を止めたいだけなんだろうけど。結果としてチョコレートは3人の間を飛び回る。

 わたしはとりあえず、足下に散らばるプリントとドアの残骸、窓ガラスをまとめて踏みつけた。





チョコレート戦争

(ちっとも甘くないや。)




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1万打ありがとうございます!来てくださる皆さんに感謝です!お祝い夢が甘さの欠片もなくてすいません…、彼らって集まるとギャグにしかならない気がします笑 わいわいがやがや楽しかった!これからもマイペースにやらせていただきますが、どうぞよろしくお願いいたします!


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