ぱしゃり。水飛沫が跳ねて消えた。 すうっと息を吸えば、水面を覆う花弁の甘い香り。ひとひら掬い上げると、波がたって白濁の入浴剤が揺れた。熱いお湯が、手の平のすき間を流れていく。 その波に揺られてか、ぷかぷかとテリアの人形が漂流してきた。お風呂に浮かべるあれだ。でも普通、こういうのってあひるとかじゃないのかな。つまみあげると、きゅう、と昔懐かしい玩具の音がした。 「ちょっと。特注品なのですから、大切に扱ってくださいよ」 きゅうきゅう鳴らしていると、すぐ近くから注意されてしまった。言葉は浴室に響いて反響。聞き慣れた低音が、あちこちから届く。 ぽいっとわたしはテリアから手を離した。音をたてて浮き沈みする人形。それを見届け、視線を上げると、濡れた髪をかきあげるメフィストがいた。 なんとなく察してもらえたかもしれない。実は、わたしは彼にゲームで負けてしまったのだ。相手がゲーマーなのは知っていたが、わたしもそれなりの腕。好奇心に任せて、誘いに乗り、わたしはコントローラーを握った。今思えば、あれこそが間違いだったのだろう。あっという間にノックアウトされ、ばかみたいに素敵な笑みを浮かべた勝者の言うとおりに、罰ゲームと称され一緒にお風呂にはいっている。それが現状だった。 メフィストの髪を流れた水飛沫が、楽しげに水面で跳ねる。それを追えば、目に飛び込む白い肌。いつも厚く着飾った彼との差に、こっそりどきどきしながら、わたしは赤い顔を背けた。 「こんなのにお金かけてるの? これだからセレブってやつは、」 「えーい☆」 ぴしゃり。突然、片頬に何かがぶつかる。しばらくして、それが水鉄砲の攻撃によるものだと気づいたが、結局なぜそうなったのかは一向に理解できない。わけがわからない。 ぎぎぎっと機械が鳴るように、ぎこちなく首のひねりを戻せば、目に入るメフィストの嫌な笑み。 「…なにすんの」 無性にイラっとして、冷たくいい放つ。なんで水鉄砲なんかもってるんだろう。彼の傍らを漂うテリア人形でも、投げつけてやろうか。 しかし、テリアを掴もうと手を伸ばしたところで、何を勘違いしたのか、すっと腕をとらえられてしまった。 「おや、構ってほしいんですか? 随分と積極的なことで…」 「いや違うんですけど」 否定の言葉はむなしく反響し、腕はぐいぐいと引っ張られる。逆らえないその力に、もうどうにでもなれと、わたしはついに抵抗をやめた。 しかし。それを予想だにしていなかったのか、突然のわたしの脱力にも、彼は力を弱めなかった。メフィストは驚いた顔をしたけど、勢いは止まらない。ばしゃりと大きな波が溢れる。って、まてまて。なんだこの体勢。 気づけばわたしは、メフィストの上に倒れこむようになっていた。というか、そのまんまダイブした感じ。 「…これは困ったな」 メフィストは驚きで見開いていた目を細め、至近距離で顔を覗き込んできた。緑の瞳には確かに熱が浮かんでいて、わたしは無意識に息を飲んだ。 そして、体勢を正す暇もなく、噛みつくように唇を塞がれた。尖った彼の牙が、わたしの皮膚を破りそうでぞくぞくする。 メフィストの欲のままのくちづけは、長く長くわたしを溶かした。後頭部に沿って大きな手の平が伝い上がり、わたしの髪に絡まる。強く固定され、息ができない。乱される髪の先から雫が垂れた。 短く長い時間が経ち、ようやく離された赤い唇からは荒い呼吸が漏れた。酸欠か、お湯のせいか。頭がくらくらした。 ぼやけた視界の中で、いつもの笑みを捨てた悪魔が囁いた。 「…そんなに誘惑して、のぼせても知らないぞ。華子」 シークレットタイム (もう、とっくにのぼせてます。…あなたにですけど。) - - - そうですね、お風呂の話を書こうとしたわたしが間違ってました。メフィ様と入ってほのぼのになるはずがないよね!そうだね! |