「ネイガウスせんせ!パズルしましょ!」


 ドアが派手な音をたてて開いた。

 蝉もすっかり黙ってしまった夏の終わりの夜。窓を開けて涼をとりいれ、ビール片手に報告書に目を通していた時だった。

 何の前触れもなく、祓魔塾の生徒、佐藤華子が現れた。


「…何だ、突然」


 佐藤華子は、時々こうして私の部屋に姿を見せる。理由は分からないが、どうやら私は懐かれてしまっているらしい。

 開け放ったドアを今度は静かに閉めた彼女は、手に持っていた箱を、私の目の前に突き出してきた。


「パズルですよ、パズル!先生の大好きなジグソーパズルです!」

「…それは分かった。だが何故、私が」


 夜に、しかも教師の部屋に遠慮も躊躇いもなく入ってくる生徒と、貴重な時間を割いてパズルをしなくてはならないのか。

 しかし、それを全て言葉にする前に、佐藤華子は私の隣りに腰掛け、机の上でスペースを確保し始めた。


「先生とやりたいんです!その為にわざわざ友達から借りて来たんですから」

「…買ったわけではないんだな」

「そこはほら、世の中、お金とか大事じゃないですか」

「………」


 満面の笑みで言う佐藤華子に、なんとも言えない思いになる。

 こいつには、常識があるのやら、ないのやら。


「あ、そうだ」


 佐藤華子が顔を上げないまま、何やら思い出した様な顔をする。角に追いやられた書類たちを尻目に、パズルのピースがばらばらと広げられていく。


「せんせ、私と勝負しません?」


 ビールを飲もうと持ち上げた右手が止まった。勝負、そう聞こえたが。


「…パズルは競う物ではない」

「先生はこっち左の3分の2ね!」

「おい人の話を聞け」


 声を上げる私を気にも留めず、彼女はパズルの表裏を揃えるようにひっくり返していく。

 佐藤が言いたいのは、パズルの完成図をを3分割し、どちらが早く仕上げるかを競うこと。らしい。

 どうして半々でないのかと尋ねてみれば、ハンデくらいくださいよ!それとも自信ないんですか?と、安い喧嘩を売られた。

 完全に逃げ道を失ってしまった私は、やれやれと缶ビールを置いた。こうなってしまえば付き合うしかない。


「さー、いきますよ」


 1つのピースを手に取り、佐藤華子は笑う。


「いざ勝負!」





「…負けた」


 あれから数十分後、それなりの数があったピースの3分の2が完成していた。もちろん、私が揃えたものだ。

 全体を見てみると、海中でイルカが2頭、戯れている絵柄のようだ。ピースのほとんどは青で、確かに難易度は高めだったが、細かい色の違いを見れば完成は早い。

 右端にちらりと視線をやる。まだ完成には程遠い3分の1があった。


「きいいいい!もう、先生早すぎるよ!もはや速いよ!」

「…お前が遅いんだ」


 佐藤はあまりパズルをやった事がないのだろう。まずは角枠から、という基本ルールも無視で、最初からイルカと格闘していた。


「まあ仕方ないかあ…。はい、じゃあどうぞ!」


 落ち込んでいた佐藤だったが、すぐに気を取り戻したようだ。意味の理解できない言葉を投げ付けてきた。


「………何をだ」

「罰ゲームですよ!罰ゲーム!先生が勝ったんだから、私がひとつだけ何でも聞いてあげるんです!」

「は、?」


 つい声が漏れる。彼女の台詞が全くもって理解できない。罰ゲーム?そんなこと最初は欠片も口にしなかったではないか。

 キラキラと瞳を輝かせ、見上げてくる佐藤華子。自ら罰を受けにくるとは、どんな狂人だ。

 仕方ないので、何かないかと視線を彷徨わせる。目についたのは、先程まで飲んでいた空のビール缶。そうといえば、そろそろ冷蔵庫にも…。


「……ビール買ってこい」

「はああああ!?」


 すると、佐藤華子は妙な裏声で叫んだ。信じられない、という顔をしている。

 罰ゲームを受けたがるお前の方が、私はよっぽど信じられないが。


「…何だ、なんでも聞くのではなかったのか」

「先生ってば、まさか…ばかですね!」


 人差し指をこちらに向けて唸っている。誰が馬鹿だ。教師に向かって指差したうえに暴言など。


「せっかく女子生徒がなんでも聞いてあげようって言ってるのに!滅多にないチャンスですよ?もっとこう…あるでしょう、色々!」

 色々?と首を捻れば、佐藤華子は腕を組んで悩み出した。やはり考えなしだったか、と思い安心したのだが。


「たとえば…あ!」


 何かを思い付いたように、佐藤がこちらに視線を戻す。顔には、まさしくにやにやと表現されるであろう笑み。まるで悪魔なのではないかと、疑いたくなる嫌な笑みだった。次に出てくる言葉はどれほどなものだろう。

 そして私は、それをとても聞いてはいけない予感がした。

 止めようとしたときは遅く、佐藤華子はそのまま口を開いた。


「脱げ!とか!」

「命令変更だ。さっさと片付けて帰れ」

「ひどい!」





まるで真四角のピース

(どうすれば上手く噛み合えるのだろう)




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好みのタイプに目がいきすぎて、先生がパズル好きなことに最近気付きました


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