ある自室でのこと。華子はだらりと机に突っ伏していた。

 机上は物で溢れかえっている。参考書は何冊もバラバラ開いていて、ノートはぐちゃぐちゃ。色とりどりで、しかしカラフルとは程遠い。

 息苦しくなってきて腕を動かした拍子に、キャップのはずれたペンがころがって床に落ちた。乾いた音が響く。だけど今は、残念ながらそれすら拾う体力も精神力もない。


「…落ちましたよ」


 カタン、といって机が鳴った。どうやらペンを拾ってくれたらしい。その聞き慣れた声に華子は反応するも、顔は伏せたまま。

 そのまま机にくっついていたら、声の主に頭がくしゃりと撫でられた。跳ねる髪を嫌がり、華子が小さく唸ると、喉の奥で笑う声が降る。


「どうしたんですか?」

「…く」

「ん…?」


 体を折り、華子に顔を近づけるメフィスト。指が髪の隙間が滑る。

 しかし、その甘い距離に関わらず、華子は大きく息を吸い込んだ。


「数学爆発しろおおお!」


 勢いよく体を起こし、参考書をぶちまけた。驚いたメフィストは思わず退く。バサバサという盛大なリズムは、床に落下して一瞬で止んだ。


「…なるほど。来週はテストでしたか」

「英語も消えてほしいよねー。というかテスト滅べ。アインスツヴァイドライで無くなってしまえ」

「生憎、私も教師側でしてね」


 滑り落ちるように手を伸ばし、参考書を拾う。分厚くて重いそれに嫌気がさした。

 メフィストは、机上に生き残っていたノートを手に取り、ぱらぱらめくった。理解不足な数式を解いた一冊だ。そして何を見たのか、彼は眉をひそめ、家庭教師のごとく机に手をついた。


「なんですか、この無茶苦茶な式は」

「…だって、答えにそう書いてあるんだもん。てか、なんで円の半径求める為の式に右手の筋肉フル稼働しなきゃいけないの。こんなの定規でぱぱっとさ…」

「貸しなさい」


 ぱっと手の平からシャーペンが消えた。

 奪われたシャーペンは、メフィストの手の中ですらすらとノートを滑る。まるで魔法。次々と綺麗で整った数式が生まれた。


「…ほら」

「え、もう出来たの!?」


 目の前に広げられたノートを見れば、美しい数字がきちんと並んでいた。クセのついた華子の文字と並んで、それは余計に綺麗だった。

 メフィストの書いた式は、解答よりも短くシンプルで、答えを写すだけだった華子にも理解できた。


「す…、すごい!メフィスト天才だよ!ノーベル賞もんだよ!今までただの変態だと思っててごめん!」

「…前半だけ、ありがたく受け取っておきますよ☆」

「これも!これも教えてよ!」


 いい教師を見つけたとばかりに、華子は参考書をどかりと開く。長ったらしい数式も、もう怖くない。ああ、メフィストがいれば数学なんて…!


「では、」


 はっとして顔を上げる。優しげな声音に、華子は背中を嫌な汗が伝うのを感じた。今の猫撫で声は、やばい。

 そして、目と鼻の先で、にっこり笑うメフィスト。


「一問教えるごとに、キスひとつでどうでしょう」





空白だらけの解答用紙

(結局、勉強どころじゃなくなったわけで。)




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お題はフライパンと包丁より拝借。メフィストに勉強を教えてもらいたいです。切 実 に 。


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