放課後、わたしは見慣れた景色を歩いていた。真っ直ぐ伸びた道の横は車道で、信号が青に変わる度にエンジンが高鳴る。足下に散らばった赤や黄の枯れ葉が、粉々になって秋の音をたてた。 わたしは鞄のポケットに手を伸ばし、中からiPodを取り出した。くるくると巻きつけあったイヤフォンをほどき、本体に指を滑らせて音量を上げる。耳元で前奏が始まった。 好きな歌が終わるのが惜しくて、広い道をゆっくり歩いていたら、ふっと甘い香りが鼻をくすぐった。なんだろうと足を止める。いつもの通学路だけど、初めて気づく匂いだった。 きょろきょろして視線をめぐらすと、すぐ右横に小さな花の咲いた木が並んでいた。見た目は金木犀みたいだけど、それは葉がギザギザしていて花は白い。それに、金木犀とは違う、お菓子みたいな甘い匂いがしている。 きっと金木犀の仲間なんだろう。白いから白木犀かなあなんて考えていたら。 「――」 風がざわりと吹いた気がした。しかし目の前の葉っぱは静かなまま。これは、風というよりも… 「佐藤華子!」 「痛っ!」 突然、後頭部に鈍い痛みが走る。患部を押さえながら振り返ると、いつも以上に顔をしかめたネイガウス先生。そして右手には丸まった教科書か何か。今、わたし、それで殴られたよね? わたしは涙目で抗議した。 「なにするんですかっ」 「何回呼んだと思っている!」 「あ、」 声を張り上げる先生に、わたしは慌てて片方のイヤフォンを外した。気づかなかった。呼ばれてたのか。それは確かに失礼なことをしてしまった。 「すいません、音楽きいてて…」 「…声くらいには気づけ、事故をしたらどうするんだ」 「はい、気をつけます…。…で?」 「…ん?」 わたしが尋ねると、ネイガウス先生はわずかに首を傾げた。可愛いとか思っちゃうわたしは手遅れですか。 「だから、用事はなんですか」 次は黙ってしまった。 真面目な話なのかな、と自然と緊張する。だけど、ネイガウス先生から出た言葉は。 「…特に無い」 「はぁ!?」 びくっ、と先生が焦った顔に変わった。わたしの大声に驚いたらしい。いや、だって。 「用もないのに、いきなり殴ったんですか? ひどいですよ…」 「…いや、…すまん」 自分の後頭部をすりすりなでると、先生は俯きしゅんとしてしまった。先生ってこんな可愛かっただろうか。 そこで香る、小さな白い花。じいっと見つめるわたしの視線に気づいたのか、先生は花を見て、ああと漏らした。 「銀木犀か」 「! 銀木犀!? へえ、そんな名前だったんだ。そっか…銀か、確かに金銀だもんな。白じゃないか…わっ」 新たに知った花の名前に感動していたら、外していた片方のイヤフォンが奪われた。そのまま先生の耳につけられる。溢れ、流れる音楽。今、ネイガウス先生と同じ曲を聞いてるんだなと思うと、どくんと心臓が熱くなった。 「…音」 「え…あ、はい。音量ですね、上げます」 慌ててくるりと指をまわす。二人の間に流れる歌は、いつの間にかラブソングに変わっていた。 高潔の人 (そんな先生の、たまに子供みたいなところも好きです。) - - - 通学路のくだりはかなり実話。銀木犀!すげえ!みたいな。まあ…後ろから殴られたことはありませんけどね。タイトルは花言葉より。 |