香ばしく甘い香りが、窓からさす暖かい日差しに絡み、優雅な午後を演出する。スキップするようにスリッパを鳴らし、わたしは鼻歌交じりで香りのもとへと近づいた。

 今日は、いつもお菓子をくれる“彼”へのお礼にと、クッキーを焼いてみたのだ。そろそろ出来た頃。美味しくできてますように。

 オーブンから出したばかりでまだ熱々なそれをつまみ、ぱくりと口に放り込む。サク、と音を立てて、口の中にバターの香りが広がった。うん、美味しい。

 しかしサクサク噛み砕いているうちに、おや、とわたしは首を傾げた。砂糖の量がちょっと足りなかったのか、少し甘みがたりない。バターはうまくきいてるのに。

 わたしは大量のクッキーを前に、困ったなと腕を組んだ。不味いわけじゃない。むしろ結構美味しい方だと思う。これくらいなら「甘さ控え目ってことで!」と割り切ってしまえるのだが。


「メフィスト、甘いほうが好きだよなあ…」


 そう、あげる相手が甘党なので悩んでいるのだ。

 好物はジャンクフードだと言うメフィストだけど、お菓子を頬張る姿もよく目にしている。あの衣装カラーからして、ケーキとか好きそうだしなあ。…ファンタスティック☆

 まあ、甘いもの好きといっても、彼の弟ほどではないだろうけど。


「どうしよう…」


 さらにもう1枚かじってみた。最初と同じサクサクという音の、甘くないクッキー。口の中で溶かし、またしばし悩む。

 ――やっぱり、もう1回作り直そうかな。

 うん、そうしよう。彼には最高のものを作って持っていきたいし。

 小さく溜め息をついて、わたしがクッキーを横にどけようとお皿を掴んだときだった。


「いい香りですねえ」

「!?」


 いきなり耳元で甘く囁かれ、大袈裟なほどに肩が跳ねた。クッキーが皿の上でカタっと鳴り、慌てて落とさないように平衡を保つ。

 声の主はすぐわかったけど、わたしは勢いよく振り返った。


「メフィスト!…な、なにしてるの」


 わたしのクッキーよりはるかに甘そうなお菓子色の服を着た、メフィストがにやにやして立っていた。相変わらず背の高い彼は、いつもわたしを見下すみたいで悔しい。

 それにしても、このタイミングで現れるなんて…。

 わたしは咄嗟に、クッキーを背後に隠した。しかし、彼の笑みは深まるだけ。


「今さら隠しても無駄ですよ☆、いい香りだと言ったでしょう」


 言い終わると同時に、ふわりと抱き締められた。かと思うと、サク、肩越しにとクッキーをかじる音。


「…ふむ。悪くないですが、少し甘みが足りませんね」

「…う」


 まったくもって予想通りの言葉だった。

 メフィストの言葉に俯いて落ち込んでいると、くっついていた体を離された。至近距離で顔を覗き込まれ、いたたまれなくなる。わたしは、それは失敗作だから、と言い訳しようと顔を上げた。しかし言葉を紡ぐ前に、

 わたしの唇に、暖かい熱がふれた。


「…な、」


 驚きのあまり動けずにいたら、ようやくゆっくり顔が離れた。目が合うメフィストが喉を鳴らして笑ったせいで、わたしは自分の顔が真っ赤だと気づいた。

 背後に隠していたお皿は、いつの間にやら彼の手の平の上。メフィストはクッキーをまた一つつまみあげ、頬張った。


「なにっ、いきなりなにするの!」

「いえ、ですから甘さが足りなかったので」

「はっ?」

「このクッキーに甘みなどいりません、」


 ずい、とメフィストが近づいた。

 香ばしいクッキーの匂いと彼自身の甘い香りがまざり、官能的なそれにとろけてしまいそうになる。

 ふいに力が抜け、膝を折りそうになったわたしを、メフィストは腰に手をまわし閉じ込めた。彼の胸板にぽすりと顔が埋まる。そのせいで、低い彼の声はすぐ耳元で囁かれた。


「華子とのキスが、一番、甘いですから」


 体をなぞる彼の指から、あまいかおりから、わたしはもう逃げられなかった。





秘密の味つけ


(このクッキーは、大成功だったみたい)




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刹那さん相互ありがとうございました!感謝溢れる記念夢です。甘めってことでお菓子にしてみた結果、クッキー食べたくなりました笑 これからよろしくお願いします!

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