放課後。 放送で名前を呼ばれ、わたしは理事長室を訪れた。 だけど肝心のピエロ姿は見えなくて、仕方なくソファに腰掛ける。呼び出しておいて、待たせるなんて。自称紳士がこのありさまですか。 ひまなのできょろきょろしていると、目に飛び込んできたのは理事長の椅子。社長席のごとく、入口の正面を陣取っている。それは庶民のわたしにとって、魅力的以外のなんでもなかった。 引き寄せられるように近付き、そっと座る。頬が弛むほどの、柔らかい心地。思わず目を閉じて、その感触に浸っていたときだった。 「…おい」 「えっ」 完全にリラックスしていたわたしに、声が降り注いだ。理事長帰ってきたんだ。これはまずい。床を蹴るように立ち上がる。 けれど、謝ろうと顔を上げたところで。 「…あれ?」 そこに居たのは白ではなく、黒。 「…メフィストはどこに行った」 落ち着いた声だった。理事長の、いつも楽しげに跳ねるものではない。平坦で低いトーン。 見慣れない姿に、わたしは目をぱちくりさせた。学校の先生、かな。胸元に、理事長のと似た赤と青の輝きがあるから。 「あ、わっ、わたしも理事長に呼ばれて来たんですけど…。お留守、みたいです。ね?」 言いながらも、わたしはさり気なく椅子から距離をとった。 勝手に理事長の椅子に座ってたあげく、にやにやしてたなんて。第一印象、最悪だな。 「…そうか」 理事長がいないことを知り、待つことを決めたのか、彼は壁に背もたれた。腰にかけてあった、大きなコンパスが音をたてる。あ、もしかして数学の先生?あのコンパスって、黒板に書くやつかな…。 いや、今はそんなことよりも。 「…あの、」 遠慮がちに声をかけると、目があう。眼帯で覆われてない、ひとつの瞳だけど。 淡々とした声とは異なり、その光は意志強かった。 「えっと…先生、ですか?いや、学校でお会いしたことないなあ…って」 「…一応、教師だ」 それだけ答えて、先生は黙り込んでしまった。 なんて淡泊な応答だろう。こんなで本当に教師なんだろうかと疑っていると、今度はあちらから言葉を発してきた。 「…お前は、」 「あっ、はい!わ、わたしは1年生の…」 「熊は好きか?」 「…は?」 思わぬ問いに、ぽかんと口が開いた。そんなわたしなんて気にしていないのか、壁から背を離し、ゆっくり歩み寄ってきた。ポケットから何かを取り出す。 それは、最近よく見るキャラクターのキーホルダーだった。確か、カラフルでいっぱい種類いるやつだよな。まあ確かにクマ、だけど…。 先生はそのクマを、わたしに突きつけてきた。 「え、っと…」 「手を出せ」 「は、はいっ」 戸惑っていると、さらに近付けられ、反射的に受け取る。 キーホルダーはチャリ、と音をたてて、わたしの手の平に収まった。 「…さっき買った飲み物についてきたものだ。私には必要ない。お前にやる」 「あ、ありがとうございます…!」 お礼を言ってから、紐を掴み、しげしげと眺める。つぶらな瞳と目があった。 わたしはいそいそと携帯を取り出し、くるりと結び付けた。キーホルダーはキラキラと光って、綺麗な色を放った。 「…可愛い」 思わず呟いてから、はっとして顔をあげる。また変なやつって思われたかと思った。だけど先生は、 すごく柔らかい表情をしていた。 「…気に入ってもらえて、何よりだ」 先生はそのまま壁際に戻り、再び腕を組んで固まってしまった。その顔は、最初の仮面を取り戻している。 ぼんやりその顔を見つめていたら、扉がバタンと開き、待ち望んだ理事長が現れた。お待たせしてしまい、申し訳ありません☆…なんて言っているけど、わたしの耳はするりとそれを通り抜けさせる。 手元に視線を戻すと、ピンクのクマが、わたしに笑いかけていた。 あかいいと (わたしとあなたを繋ぐ、大切な。) - - - - とあるキャラ登場させました。ピンクはラブアロットベアだそうです |