▽ ユインの章
ここに閉じ込められてどのくらい時間がたったのか、もう分からなくなっていた。
ユインは帝国の数多い何人目かの皇子として生を受けて、公爵令嬢と結婚した。
皇帝である父が決めた婚約者で、彼女の顔を見たのは結婚式の日だった。
結婚の祝いに公爵家から城をもらい、彼女との結婚生活はそこで始まりを迎えるはずだった。
だが、妻と会ったのは結婚式の日が最後で、2度と会うことはなくなった。
「残念ですが、皇子の兄でいらっしゃる皇太子殿下も他の皇子方も戦死いたしました」
軍人として指揮官として死地に赴いていた男は、ユインの兄弟の死を残酷に告げた。男は無事のようだった。
「ユイン皇子は病弱でいらっしゃるので、このままこの城で静養していただいて、新しい皇太子には皇子と妹の間にできた公子にと……と陛下から言付かってまいりました」
「……俺の唯一のものなのに、あの子を奪っていくの?」
目の前の男に閉じ込められて、誰にも会えなくなり、いるのは口も利けない世話係りの老女だけしかユインにはいなかった。
ずっと一人いたユインに、救いの光となった息子を新しい皇太子として、この男は奪っていくというのだ。
「大丈夫ですよ、皇子の息子なのですから、時々は会えるようにして差し上げますし……寂しいのなら、もっと産ませてあげますから。私が」
妻の兄がそう言う。
老女以外に会えるのはこの妻の兄だけで。戦地に赴かないときは、ユインを抱きにくる。
何人もいた皇子だが、一応は帝位継承権ももっていたはずの、ユインを陵辱した。
何年にも渡っての激しい陵辱の末に身ごもった子を、始めは厭い流れてしまえばいいと思っていたが、生まれればやはり愛しいわが子で。
なのに、取り上げようとしている。
「次は皇女がよろしいですか?皇女でしたら、継承権には関わりがないので、しばらくは一緒にいられるでしょう」
「しばらくってどのくらい?」
「そうですね……5、6年は大丈夫かと」
「そんなちょっとしか一緒にいられないの?」
「それなりの教育をさせさければなりませんからね。皇太子の妹か弟になるのですから。この城ではあまりにも小さいですし、社交界にも出せねばなりません……私のあとを継がせるのですから、公爵家の城で育てなければいけませんしね」
何人産んでも、この男は自分から大事な子を取っていく気だ。抱かれるのは慣れた。赤ちゃんも可愛い。
でも、取られるのはいやだ。
「何で、取っちゃうの?ライルの跡取りは、ライルの奥さんがいるだろ!何で俺の子を取って行くの?」
「一応、公爵夫人と呼ばれる女はいましたが、事故で死にました。ですから皇子との間にできた可愛い子を、跡継ぎにしたいのです。分かってくださいますか?」
分からない。どうして。公爵夫人が死んだのなら、新しい公爵夫人を迎えれば良いのに。
ユインはライルの妹が妻だったはずなのに。
そういえば彼女はどうなったのだろうか。一度しか見たことがない妻は。
ライルに聞いても、教えてくれない。
「そんなに泣かないでください。一生会えないわけではないんですよ。王宮に行くだけですから」
「なら、俺も王宮に帰りたい」
帰りたい帰りたい。あの子と一緒に帰りたいと泣くと、駄目だと怒られた。
どうしてこうなってしまったのだろうか。結婚式ではじめて会った公爵に、閉じ込められるようなことを自分はしてしまったのだろうか。
ユインはライルに抱かれながら泣きじゃくった。抱かれることが悲しいのではなくて、あの子と、これから生まれる子たちと皆と引き離されてしまうことにだ。
「ですが、一つだけ方法がありますよ。陛下にお願いすればいいんですよ」
「お願い?父上に?なんて?」
「私と結婚したいと……私の妻になりたいと、陛下に皇子からお願いすれば、皇子は公爵夫人としてずっと子どもたちといることができますよ」
「本当に?あの子ともいれる?」
「ええ……王宮にも政務でいることが多いので、今よりもずっと会えるようになれますよ」
「なら、父上にお願いする。ライルと結婚できるようにって」
でも、ライルの妹がいたら結婚できないのに。
「私の妹は、病気で死にました。ですので、何の問題もないのですよ」
なら良かった。あの子と、今おなかにいる赤ちゃんとも、引き離されないで済むなら。
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