▽ 21
「あら……まだ殺していなかったのかしら?」
同じく近衛に守られるように入ってきたのは、ユインの皇后だった。最近はほとんど会っていない、自分の妻を見て、ユインは悟った。
「手を組んだのか?」
「陛下……ええ、そうですわ」
嫣然と微笑む皇后とライル。
皇后一派では皇太子を亡き者にすることさえ容易ではなかった。だが、ライルたち公爵家が手を組めば、できないことはない。
「陛下……私と結婚した時のことを覚えてらっしゃるかしら?私、これでも良い皇后、良き妻になろうと思ったものでしたわ」
どこがだ、とユインは笑いたくなった。初めから、できそこないの男の妻になったことに不満も隠さなかったくせにと言いたくなったが、こんな女と言い争うのもしたくなかった。そんな時間があるくらいなら、なんとか息子を生かすことを考えないといけなかった。
「世継ぎが生めないのは私のせいではないのに……、皆から散々なじられ、その上、陛下が生んだ子どもを押し付けられて」
一度も面倒なんか見させたことなかっただろう、そもそも危なくて触れさすこともできるかと、もう皇后の恨みごとなど聞きたくもなかった。
「ライル……俺を恨んで、殺したいんだったら好きにしろ!ただ、皇太子だけは!……お前の子どもなんだ!…助けてやってくれ!」
なんとしても息子だけは助けたかった。
「気持ち悪いと言ったでしょう?……自分の知らないところで勝手に生まれていた子どもなんかに、何の愛情があると思ってらっしゃるんですか?」
「ライル様が皇帝になって、私が皇后になるのよ、陛下……公爵家も何時皇帝になれるか分からない、しかも公に出来ない孫よりも、ライル様を皇帝にするほうを望んだんです。皇子なら私がたくさん産みますわ」
確かに、皇太子はライルの、公爵家の血を引いているが、決して公には出来ない。後見人にはなっていて影響力はあるが、ライルが皇帝になったほうが公爵家に利益は高い。
自分と皇太子が死ねば、確かに難しくないだろう。
「ライル……これが望みなのか?血塗られた帝位に座りたいのか?」
嫌悪さえしていた皇后と手を組んで、自分の息子さえ手にかけて。
ユインは死ぬのは怖くはない。皇太子として生まれ、皇帝になり、暗殺くらい覚悟していた。
ただ殺される相手がライルなのが堪らなく悲しい。
ライルを騙して、手酷く捨てて、自業自得なのは分かっている。だが、ライルがユインと息子を殺して皇位について、一時は満足できるかもしれない。だが激情にかられ一時の憎しみだけで自分たちを殺したことを、絶対に後悔するだろう。
昔から優しい少年だった。曲がったことが嫌いで、正義感が強かった。自分の子を殺して、罪悪感に苛まれないはずはないのだ。
「ライル、お前のために何でもしてやりたいよ……でも駄目だ。帝位は渡せない」
ユインのたった一つの聖域だった少年なのだ。
「陛下、命乞いをしても、無駄ですわ……私の実家と、公爵家と、そしてアーリエルスと……全て裏で密約ができてるのですから!さあ早く殺して、ライル様!」
「ええ……」
ライルの手が、腰にさしてある剣をゆっくりと抜いた。
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