―――私がこの国を、戦争のない国にしてみせるよ……二度と君たちのような子どもたちを……



 ジェスのような国家魔術師になりたいと言ったダリヤに、そう彼は言った。

 もう彼は覚えていないようなそんな些細な一言だった。





 どうしてこんな所に来てしまったのだろうか。

 短い人生だが色んなことがありすぎた。あまり人に自慢できるような人生を送ってきたわけでもない。要約すれば、男で身を崩して犯罪者までなった。そんな一行で終わるようなものだ。

 ダリヤは自分の馬鹿さ加減を誰よりも承知しているが、もし過去に戻れてもやり直すことはないだろう。後悔をすることは、今いる『ユーシス』を否定することになるからだ。

 もしユーシスがいなければ、今自分が生きていることもないだろう。ユーシスが自分をここまで生かし続けた。ユーシスだけがダリヤにとって全てだった。



 死んだ子どもを取り戻すために禁忌の術をしたのは、ダリヤが14歳の時だった。母を死に至らしめたことで失敗したと言って良いのか、それともある意味成功したと言って良いのか、今でも分からない。

 気が付いたときは、真っ白な研究施設でコードに繋がれていた。若年齢での出産、しかもかなりの難産とジェスによって浴びせられた暴力のせいで弱りきっていた身体と反動のために失った左足。瀕死の状態のダリヤを当時の最高といえる治療を施され、生きさせられていた。

 それはダリヤが蘇生魔術に成功したためと、クライスを父に持つという価値を見出したための措置だった。

 過去軍に在籍していた父クライスを、軍はまだ諦めてはいなかった。娘であるダリヤを人質にクライスを再び軍に引き入れようとするために、ダリヤの存在を利用しようとしたのだ。

 クライス自体犯罪者であるのだから、どんな違法な研究にも従事させることは可能だろう。そんな思惑など、ただ生かされているだけのダリヤにはどうでも良いことだった。このまま実験材料として始末されようが、ただクライスのために生かされていようが関係はなかった。

 生きる術を見出せないでいた人形のようで、思い出したように死のうと自傷行為に走るダリヤを持て余した研究員やデュースが引き合わせた存在があの小さなユーシスだった。

生きる屍だったダリヤにたった一筋の光を齎したのは、ダリヤと同じく研究材料としてコードに繋がれている息子の存在だったのだ。

 死んで、蘇生魔術にも失敗して、母エリーゼと同じく反動でその形すら残っていなかったと思い込んでいたダリヤの子どもは生きていた。蘇生に失敗した時ダリヤは左足を失い、母親も失ったショックでその存在がどうなったかすらダリヤの意識になかった赤ん坊は、確かに息を吹き返し、そのまま放置されていたらダリヤと同じく死んでいただろう子どもに軍は最高の治療を施していた。
 これはダリヤがクライスの枷となるように、子どもの存在がダリヤにとっての枷となる可能性と、おそらく蘇生魔術の結果蘇生した子どもを研究材料として使えることを考慮したためだろう。



 ダリヤは母エリーゼの命と引き換えに取り戻した、小さな命を守り抜こうと決めた。そのためになら、どんな犠牲をも厭わなかった。ガラス越しにしか見ることのできない子どものため、ダリヤ自身の価値を高めるため、どんなことでもした。

 始めはダリヤの価値などクライスの餌くらいにしか感じていなかっただろう研究所員も、デュースもその価値を認め始めた。ダリヤが犯した禁忌自体、偶然の産物程度にしか思っていなかっただろう小娘が、蓋を開けてみればクライスに負けず劣らない頭脳の持ち主だと分かって以来、ダリヤの扱いは変わった。

 ダリヤに新しい戸籍を作り、国家魔術師として認めさせた。軍にというよりはデュースにその研究の成果をもたらせば、ダリヤだけではなく、その子どもにも恩恵はもたらせられた。ダリヤがそう望んだからだった。

 そしてダリヤがデュースに従順なのは、その息子の存在が有ることをデュースは十分に知っていた。

 ガラス越しにしか会えなかった小さな赤ん坊は、やがてデュースの許可さえあれば自由に会えるようになった。

 最後に抱いたときは余りにも小さく、消えゆく体温に涙したというのに、今は確かな重さと温かみを感じさせた。この時、ダリヤは泣いた。

 この子のためならどんなこともしよう。人を殺すことでさえ厭わない。

 この子を連れて自由を手に入れてみせると誓った。

 名前さえなかった子に、弟と同じ名前を付けた。途中で手放してしまった弟の代わりと言うわけではないが。他に付けたい名前も思いつかなかった。

 勿論戸籍など貰えるはずもなく、幽霊のようなわが子。一度死んで、母の犠牲で再びその生を受けた命。小さな腕に突き刺さる注射針を見るたびに、自分の無力さを思い知った。

 それでも始めに比べれば格段に待遇は良くなったのだ。ダリヤがデュースの言いなりになっている限りは。



 そして数年ぶりに研究所から外界に出された時は、ジェス・ユーディングを社会的に、あるいは実質的に殺すためだった。デュースの最大のライバルであるジェスを殺せば、デュースが大総統になることも可能であるため、このとき既に医療魔術の権威として名高かったダリヤを、連続殺人事件の解決にという名目でダリヤを抹殺者として送り込むことになった。

 息子のためなら何でもやることを見抜いていたデュースに逆らうことはなかった。


 そうして自分を覚えてもいなかったジェスに再会したのだった。



 

 今、ダリヤは自分が殺したはずの男に会いに来ている。余り深い意味は無かった。ただ気が付いたら一度も来たことが無かったジェスの自宅にやってきていたのだった。

 ジェスと会うときは何時も、ホテルかダリヤの自宅で、ジェスの家に招かれたことは無かった。それはジェスがダリヤに心を許していない証拠であり、疑っていることの証明でもあった。お前なんかこんな扱いで充分だと言わんばかりなのは、リヤだったときも、ダリヤだった時も同じだった。

 ダリヤ・ハデスになって、普通の恋人同士を町で見かけて、愛されるのってどんな風だろうと思ってこともあった。一度も愛されたことの無いダリヤにとって、それはとても不思議な感覚で、見当もつかないものだ。
 そんな人生を虚しいと思ったことも無かった。そんなふうに思える感情がもはや抜け落ちていたのかもしれないし、こんな自分を愛してくれる男など現れるはずもないからだ。

 誰だって、こんな生まれからして呪われた自分を歓迎するはずもないし、誰だって同じ人間なら、新品で穢れの無い方が好きだろう。外見だけは少しは見られても、身体の一部が欠けていて、子どもも産めないような、散々他の男にもてあそばれた過去のあるダリヤに誰も真剣に恋をしたりはしない。ダリヤが過去をほんの少し話しただけで、きっと目を背けるだろう。

 ダリヤには例え、ユーシスがいなくても、軍に囚われていなかったとしても、その人生をもう一度やり直そうと思っても、やり直したいと思っても、そんな価値がこの身体のどこにも残されていなかった。だから余計にユーシスに固執したのかもしれない。自分が生むことのできた最後の子どもだったからだ。

 そんなふうに思うのは、自虐的になっているわけではない。ただ、客観的に自分を観察して、それが事実だったからだ。こんな自分でも、世界中の一人くらいは愛してくれるのではないかと思うほど、夢を見ていられるほど子どもではなかった。

 だってあのジェスですら今の自分を見て、反省するほどの無様な様なのだ。すまない、どうやって謝罪していいか。あのジェスからそんな言葉が聞けるなどと、終ぞ想像したこともなかった。

 昔は嫌われていて、今は同情をされている。これほど馬鹿馬鹿しいことなどありえるだろうか。

 このまま彼がここに表れたら、どうするだろうか。どう考えても、あれだけの傷を負わせたのだから生きていたとしてもまだ入院しているはずなのに、そんなことを考えている。

 自分はジェスを殺したのだ。ジェスには自分よりも大事なものが山のようにあって、ダリヤの存在など余りにも軽いものだ。そんな彼に助けを求めても無駄だと分かりきっているのに、あの子を救って欲しいと願ってしまう。

 ダリヤの子どもだって、ジェスの死んだ妻子と何も変わらないはずなのに、ダリヤが産んだというだけで疎まれるなんて不公平だ。そんなふうに何度も思ったこともあった。でも仕方がないと諦めている。

 始めからジェスと結ばれる運命にいなかったのだ。ユーシスだってダリヤが勝手に産んで、勝手に蘇らした。そこにジェスの意思は一切なかった。全部ダリヤが始めて、やってことだ。

 だからダリヤがユーシスを守りきらなくてはいけない。ジェスでは、命を掛けてまでも守り通してはくれないから。そうずっと思ってきた。




 どのくらいここで待っていただろう。表れるはずもないジェスを待っていた。会えるはずはなくても、ここ以外に行く当てもない。ここで以外、ユーシスを助け出す術も見出せない。もうダリヤの手の中にあるカードは使い切ってしまっていた。あとはジョーカーのジェスしかダリヤのカードを模索する手段はなかった。

 ダリヤに殺されようとしたくらいなのだから、ほんの少しで良い。ユーシスを助ける手助けが欲しかった。だから待ち続けた。



  back  


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -