京。
夜空を映し、黒帯のようにうねる河の上。
屋形船内に、女物のような派手な着物を纏い、紫煙を燻らせる男がいた。
「あとは俺が春雨を利用し、天道衆に内側から亀裂を入れれば、」
「期は満ちる。だろ?」
高杉の声に、掠れた声が被さった。続いて苦し気な呼吸音。
部屋の奥に敷かれた布団の間から覗くは、闇の中でさえ光を放って見える白髪だ。
「くく…あれァ完璧に堕ちたな。土方つったか?」
「ああ、V字の奴ァそんな名前だったかなー…ぅ、コホッ」
「おい、銀時。あまり喋るでない。」
桂が男を窘める。
「高杉が、心臓なんか狙うからー。」
銀時が布団から顔を出し口を尖らせた。
「てめェが殺る気で来いっつったんだろが。」
「ふふ。たりめェだろ。」
「つーかよ。お前がガキ共の気配に早く反応しすぎただけじゃねーか。あそこで足払いするか普通。お前は昔っから危なっかしいんだよ。やる事が。」
「いや、グッドタイミングだったし。」
「そうかい。…にしても、本当に助けに来たのには驚いたな。」
声音に揶揄の響きが含まれている。高杉は窓枠から片足を下ろし、楽しげに銀時を見遣る。
「何お前、信じてなかったのかよ?俺の人望と計画性嘗めんじゃねーぞ。」
それが褒め言葉だと知っている銀時はニヤリと笑みを浮かべ、男の戯れに付き合ってやった。
「あん時の土方のヤローの同情の目は。」
「ああ。俺達は兄弟みたいなもんだっつったからじゃね。」
「兄弟?俺達が?」
「あの場で、効率よく土方くんを動かす言葉がそれしか思いつかなかったんだよ。兄弟?はっ。そんな簡単なもんじゃねェっつ、の。…ヒュッ、ゲホゴホ」
「銀時、お前ホント大丈夫かソレ。…即死させてやろーと思って、思いっ切りブッ刺しちまったからな。ちょっと見せてみろ。」
「だから大丈夫じゃないとさっきから言っているではないか。…ついでに包帯替えるぞ。」
高杉と桂が布団に歩み寄る。
銀時が上半身を起こしたところで桂が包帯をくるくると解いていった。

「見事な刀傷だなァ」
高杉が銀時の胸の傷を指でなぞる。
「おーい。誰かこのチビ助のチビ助を更にチビ助になるようにプレスしてくんねェかァ。」
「銀時、下ネタはやめろ。…何度見ても酷いな。本当に死んでも可笑しくなかったのだぞ。相変わらず無茶ばかりしおって。」
桂が指に薬を取り、眉を寄せる。
「なァに寝ぼけたこと言ってんだヅラ。俺達が成そうとしていること自体が賭けみてェなもんだろうが。」
「フン、人生を賭けた大博打ってか。違ェねェ。」
高杉がスッと立ち上がる。
「さて、俺の方もそろそろ終わりにして来ようかね。くく、楽しみだなァ。天道衆を外から狙う桂率いる攘夷党、銀時率いる真選組やかぶき町勢力に百華、そしてそこに天道衆を内側から狙う俺率いる鬼兵隊や春雨に見廻組が加われば、」
「「「一世一代の大下剋上の始まりだ。」」」
行灯の暖色の明かりが男達の顔を怪しげに照らしだす。

そこには、修羅が、笑っていた。

「ヅラ、最終決戦の策は任せたぜ。」
「無論だ。」
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高杉はヒヤリとした冷気に一度ぶるりと身を震わせ、闇を照らす満月を仰ぐ。吐いた息が白かった。
「嘘つきだな。お前も。」
口に出してみると存外に安い言葉になったことに、嗤いが込み上げる。

戦場をあとにして倒幕の誓いを立てたのち、俺達はそれぞれ好きに動いていた訳だが。
いつの間にか各々、己の居場所を見つけてしまった、のではないか。
なぁ。銀時。演技なんかには見えなかったぜ。
…お互い、な。

俺達と鬼兵隊が成そうとしてる事には大した違いはねェ。
お前は、どうだ。護る為に戦うお前は。
あのガキ共は心底お前を慕っている。そしてお前はそんな奴らが可愛くて仕方ねェんだろうよ。
死地には決して連れて行くまいと考えているのだろうが、あの様子じゃ何処までも引っ付いて来るだろうな。
なあ、お前は。
本当に最後まで護り通すことができるか。
…どちらにせよ、だ。
全てが終わった後、俺達は一体どこへ向かえばいい。

なあ、銀時。桂。
世の事というものは、なかなかどうして上手くいかないものだな。

月に雲がかかり、男の影が闇に紛れる。
屋形船は、真っすぐに、河を下っていった。


120109






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