【初夜譚】


和助は真帆を井川屋に迎えた祝言の翌日、松吉を奥座敷に呼びつけ祝い酒を振る舞った。

「今日から『お父はん』やで。松吉」
「へ……へえ。旦那さん」
「云いにくかったら、私のことは『お母はん』でもええで。ほんでこの人が『お父はん』」
「旦那さん。酒に水混ぜまっせ」

指をさされた善次郎は酌をとっていった。和助は呆れて目を丸くした。

「もう天神さんへの寄進も済んだんに、まだ始末する気かいな」
「次は寄進のためやない。三代目がすぐ産まれても充分やっていけるように――」

松吉が途端に顔を赤らめ伏せたので、老二人は心配になった。

「ああ……その。松吉、大事なかったか」

「なんのことだす、旦那さん。いえ、お父はん」松吉は固い声を出した。

「筆のほうはちゃんと」

善次郎が咳払いでとめた。「そのあたり梅吉が詳しいだすやろ。もちろん百々懲りなく――え?」

松吉の游いでいる視線をとらえ、番頭も言葉をなくした。

「まさか、まだ……」
「昨夜は二人とも疲れとったんやろ」
「松吉。教えたんは大昔として、わかっとるやろな!」
「小の出る穴と大の穴の間にはな――」

「わかってます」松吉の目は更にさまよった。「そうやないんだす。私、私」

緊張で――といっただけで、同性の年長者には理解できた。酒盛りはすぐにお開きとなった。





「善次郎。やっぱりお前はんの云うとおりやった。玄人から手解きしてもろて自信をつけさせるんが先やったわ。あれで三十二やで」
「むしろ私はこの三年あまり、二人の間になんもなかったことのが驚きだす」

善次郎の身も蓋もない言い分に、和助はため息を吐いた。

「お前はん。松吉と真帆が恋仲になるまで何年かかったと思とるんや」
「旦那さんだって、子が先に出来たら無理やりにでも祝言あげさせられんのになあて、云うとりましたやろ!」
「弱ったわ。どないしよ」

主人と番頭がぼそぼそとやっている後ろで、お里がお茶をトン、と置いた。

「初夜の話だすか」
「そうそう……て、お里。ちょっとは遠慮しぃ」
「いや旦那さん。ここはお里はんに任せたほうが宜しいわ。私らではとても――」
「そうやって変に勘繰るから、あかんのだす。何ぞ理由をつけて、二人きりにしたったら?」

和助は善次郎と目を合わせ、二人して正座しているお里の脇に近寄った。番頭が聞いた。

「糸寒天の繁盛で店を閉めることが出来まへんから、私らが外に出るのは難しいでっせ」

「両親の墓参りは?」

「苗村か。今のところあっちに知り合いは居らんも同然やし、案外、半兵衛はんの元村……」

「いやいや、旦那さん。半兵衛はんがこの件について首突っ込まんでいてくれはるなんてこと、本気で」

「そこはお前はんが文でやな……」

「――揃ってなんのお話だす?」

真帆が声をかけると、三人はハタとして口をつぐんだ。

結局そこから焚き付けるまでに更に一月かかるのだが、年の暮れに赤子は産まれたので由としよう。








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