【天満宮】
旦那さんに連れられて、京都伏見から大坂へ移ったのは十五の年だった。
「見てみ。日が落ちる。綺麗やな」
「――へえ」
一代で卸売りを始めた若い主人だとしか私は知らない。
興味もなかった。
何処で奉公しても同じである。
朝から晩まで積み荷を運び、
戻ってまた運び、
運んで食べては寝る。
「お前はん。算盤はできるか」
「――」
「習字は?」
寒天場の主人が前の奉公先でのことを手短に話していたのは知っていた。
幾らで買われたのかは知らない。知らないことは聞かない。聞いたところでまた忘れる。
私は応えなかった。
「うちの番頭は年寄りや。算盤弾く時だけは目ぇも開いてシャンとしよるんやけんど、手が震えて何時まで持つかわからん」
「へえ」
「うち来たら、お前はんに覚えてほしいことが仰山あるんや」
へえ、と返事をした。
新しい主人は整った面をあげて、私の顔を覗きこんだ。
「天神さんに寄って行くで」
「――?」
「天満天神宮。彼処に寄進させてもらえるほどお銭が貯まったら、うちのような小さな店でも大坂商人の仲間入りや」
私はなんと返事をすべきかわからず、荷を背負い直して主人の背中を追った。
「習字、できます」
主人は足をとめた。
「算盤、覚えます。お銭増やして――旦那さん。楽に商いができるよう、天神さんにお願いしに参ります」
と返した。
主人は少し微笑んだ。