【栗以夢】
大川の先の
海の向こうのことが気にならんかって
松吉さんが云わはって
「いつか連れてったる」
くらい云うてくれたらええのに。
「男はな、変わりまへん」
これは山城屋のご寮さん。
「祝言をあげたらきっと変わるて、娘っこのときは皆思いますけどな。思い違いもええとこ」
受けたのが井川屋のお里さん。
「絶対変わらへんで。それは覚悟したほうがええで真帆さん! 断言するわ。松吉は百になっても、あのまんまや!」
お咲ちゃん。その通りやった。
「真帆。私な、井川屋の寒天持って向こう行ってみよかな――って」
勿論独りで。
「究極の寒天作りたいんや。海の向こうでは牛が車牽かずに飼われとってな。乳も仰山取れるから面白い甘味があるんやて」
子供四人抱えて天満橋で待っとけって。
「山盛りの白い雲のような、ふんわりとした、な。梅吉は栗芋と云うてたなあ」
「――くりぃむ。と違う?」
「そうそう確かそんな……ぐふっ」
張り倒しましたけどな。
「真帆さんや。どないした」
「大番頭はん、聞いてください――」
年取って随分丸くなりはった善次郎さんやけんど。
松吉さんが頭上がらへん人ゆうたら
半兵衛さんの他にはこの人だけや。
「お許しを頂きとうございます」
「松吉。牛の乳やったら大坂には幾らでもある。乳寒天も作ったやろ」
「お言葉だすけど、大番頭はん。『くりぃむ』はあんなもんと違います。口の中で蕩けて……歯ぁ悪うても幾らでも食べられるとか」
「――」
「甘栗のせて大豆すり潰したのかけて黒蜜かけて寒天添えて」
「ええなあ……て寒天は付け合わせか。それは寒天と合わされへんのか?」
あかん。
大番頭はんも先の親旦那はんと同じで
甘いもんには目がない。
「次の時代は『くりぃむ』だす。いっそ『くりぃむ』を作ってみとおます!」
「不二家はんなら詳しそうやな。松吉。めっさ今更やけど、菓子屋出すのもう一遍考えたほうがええんと違うか。隠居しはる前に半兵衛はんにも声を――」
この人ら。死ぬまでやる気だす。