クリスマス | ナノ
04) 「愛されとるなあ」(――わし。)


 飯島はブティックの腰掛け椅子に座る老人を振り返った。百貨店の二階である。客はまばらだが販売員は忙しく立ち回っていた。飯島が商品を渡した相手も中央のレジに出たきり戻ってこない。

「万引きもしたい放題やろな」

「いえ」飯島は控えめに聞こえるよう、膝を折って声を落とした。「カメラがこちらを向いていますし、小物の一つでもタグに警報器がついていますから」

「冗談や」
「へぇ」
「中田についとるせいやな。移っとる」
「若頭の頭でっかちも大概です」

 違いない、と布施は微笑んだ。店員が戻ると飯島はスッと立ち上がった。女である。紳士服は地味な色ばかりだったので、婦人服のマフラーを買いに来たからだ。

 「お父様ですか」と言われれば「嫁の父です」とにこやかに答える。布施も笑顔のまま応じた。西野や中田と親子連れ扱いされるのは正直なところ堪えるのだが、飯島は無難である。話の流れで電通に勤めていると言えば「ああ!」と納得させる見かけだからである。

「今日は付き合わせたな。五階でパフェでも食おか」
「後でバレますと大目玉くらいよるんで、堪忍してください。会長」
「中田に?」
「まさか」

「中田もアレで俺に惚れとるよ」布施はエレベーターの前で立ち止まった。「まあ。でもチクチク弄りおるんは西野――」

 飯島が黙っているので、布施はハタとした。「清水もかい」

「お車を回させますので、先に戻っていただけますか」
「わからんもんやなあ。そうかあ」
「地下の惣菜も美味しいんですよ。買うて帰ります」
「清水なあ」
「出入口に二人呼びました。マフラーはどうなさいます? お養父さん」

 襟に巻いてもらった姿をウィンドウに映しながら、布施は着物の裾を払った。時節はクリスマスも正月も通りすぎ、バレンタインが近づいている。

 白は伊達男を狙いすぎた感じがして似合わず、赤は攻撃力が増すので避けた。早めの桜が首を絞めてくる。カーキ色のベレーに合っていた。どこからなんと脅されようと散るにはまだ遠い、と布施はにやついた。

「お前さんも気に入っとるんやで」
「存じてます」
「せやから西野がええ顔せぇへんのです」
「存じてます」

 なんの面白みもなく直立不動している黒服の舎弟に近づき、「正月祝いに食べた松前漬けがええわ」と言えば「承知しました」と返り、それきりだった。

 三方面からどやされるのをわかっていて今日を過ごしたのは、飯島なりのさまざまな感謝の表れなのだろう。布施は後部座席で息をついた。




04) 「愛されとるなあ」

(――わし。)





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