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2024/07/28 

 君は僕の娘くらいの年だから――と、一向に手を出してこない年齢不詳の伝承ルフレに焦れて、セネリオは苛立った。娘といっても未来から来たという話だったので、実際のルフレが抱いたのはまだ小さな赤ん坊だったはずだ。その理屈でいくとクロムもルキナぐらいの年頃の女性を妻にはできなくなるし、つまりは自分にそれだけの魅力を感じないのだろう。
 どれだけ女顔のように言われても、自分の身体は男だ……と、普段は目深にかぶっている伝統衣装のフードを取り払い、鏡を見つめる。あれだけ嫌がった女性的な容姿さえ、想い人を振り向かせるのに役立つと思えば嫌いにはなれなかった。ただし自分は他のセネリオと違って、少年らしい肉付きのない真っ直ぐな脚を剥き出しにしている。
 (ルキナはマルスと見間違えるほど、すっきりとしている)と考えて、異性を愛したルフレの影を追っている自分に気づいた。
 自分は代わりを欲したのに、代わりでは嫌だと彼に望むわけにはいかない。
 コンコン、と扉をノックする音に弾かれて、セネリオははっと振り返った。約束の時間だ。すぐに――と一瞬鏡を見ると、そこに映る自分は自分とは思えぬほど顔面を紅潮させ、喜びに満ちている。
 あまりの恥ずかしさに首から上が一気に充血してくるのを感じた。何を期待しているのか。戦術の勉強会だと言い訳を用意したのはセネリオ自身だった。伝統衣装のセネリオが伝承のアイクと同時期にレギュラーになって、この地に腰を落ち着けられたことを祝おうとルフレは言ってくれたのに、「浮いた祝い事など時間の無駄です。あくまで勉強会ですから、魔道の鍛練を忘れないでください」などと。相手の方が何倍も強いのだが。
「セネリオ? ……開けてくれるかい」くぐもった声にフードをさらに深くかぶり、慌てて扉を開けた。「ああ、よかった。時間を間違えたのかと」
「いえ。中へどうぞ」
 平静を装っていつも以上に堅い声を出す。ルフレはまったく気にすることなく、礼を言って部屋の中に入った。「君は要らないと言うだろうから、迷ったんだけど……手土産だよ。冬祭りのルフレがお菓子をくれたんだ。一緒に食べるかい」
「……」
「どうしたの? あれ」ルフレは首をかしげた。「顔が、ずいぶん赤いけど。どこか具合でも――」
「いつもの格好はどうしたんですか」
 ああ、と内側が紫の暗い色の外套を引っ張り、笑った。「心配しないで。ちゃんと僕だよ。普段着の僕に貸してもらったんだ。ほら、彼よりはちょっとだけ背が高いだろ。……もしかして区別がつかない?」
 答えになってませんと扉の鍵を閉めると、馬鹿げた口実から予定まですべてがセネリオの頭から吹き飛んだ。ルフレの手首をぐいっと引いて、隣室に駆け込む。驚くルフレがいくつかの本を取り落とすのに構わず、抱きついてそのまま扉に押しつけた。
「セネ……リオ」
「苦しいんです」躰の奥から沸き上がるものに震えが止まらず、顔が見上げられない。「毎晩、苦しいんだ。どうしてくれるんですか」
「――」
「僕では、そういう気にはなれませんか。あなたがたった一度部屋に来てくれたら、何を差し出してもいいと思っていた。子供にしか思えませんか。僕の躰では嫌ですか」
「セネリオ、落ち着いて」
 下を向いたまま涙が止まらない。床にパタパタと落ちるそれに構わず、月明かりしかない室内で自分の帯に手をかけた。その指をルフレがしっかりと握る。
「見て。僕のことを。大丈夫だから」
「離してください。あなたにわからせてやるんだ。今夜以降は僕なしでは生きていけないくらい、あなたを僕の中に刻みつけたい……次に時空を越えて記憶を全部を無くしても、僕だけを覚えていられるよう……」
「――セネリオ」
 上向けられると、唇の熱さで飢えが増した。腹を空かせて喉の渇きに喘いだことを思い出したかのように、ルフレの咥内をむさぼる。舌に吸いつき唾液を飲み下し、暗闇で探して出して手袋をはずし指に食いついた。
「……あ……」
 探った左手に指輪がない。途端に冷静になって、自分の行いを振り返ると堪えられなくなった。
「はずしてきた。――最初からそのつもりで」
「ルフ……」名前を呼ぶのが難しかった。「ルフレ。すみません。僕は……」
「何を謝るの? ベッドはどっちかな。ごめん、明かりをつけてもいいかい。月明かりでもいいけど」
「……ッ、」
「手元だけ見えれば充分だ。君の方は見ないようにするから」
 離さないままでいた手を引かれて、自分の部屋にも関わらず窓辺に誘導される。カーテンを引くと、穏やかに微笑んだルフレが振り返ってセネリオを出窓に引き寄せた。
 少しの段差に腰かけた状態で、セネリオの細い肉体が足の間にすっぽりと埋まる。爆音を鳴らす心臓と耳鳴りが少年のたおやかな精神を覆って、見慣れぬ外套の中で暖かく包まれていった。
 互いの呼吸がゆっくりと交じり合い、静かな室内で二人きり寄り添っている。気持ちを確認してからも数えるほどの逢瀬しか持っていない。素直な自分を出せないまま、押し殺した激情だけをぶつけてしまった。
「やり直させてください……自分が赦せない」
「どこから? そうだね、じゃあセネリオ、僕が口づけるから抵抗して、『今夜は勉強会のはずです、先生! 教育委員会に訴えますよ!』って言ってみてよ」
「――は?」
「そしたら僕が『嫌がっているわりには素直だねセネリオ君。君が汚した下着を大量に所持しているけど、校内でばら蒔かれてもいいのかい?』って、いやらしく君をベッドに押し倒すから――」
「……」
「ごめん。それくらいいろんなシチュエーションで考えてたってことを伝えたかったんだ。君から迫られるのは完全に予想外だったけど」
 くすくすと笑う声に脱力してしまう。抱きしめる腕の力は優しいもので、逃げようと思えば逃げ出せた。ようやく半身を起こすと、「あ、やっぱり泣いてた」と頬を拭われ、もう少し屈むように指示される。ぐしゃぐしゃになった頬を唇でなぞられるだけで、膝に座らされた足がぴくんと反応した。
「……っ……あ」
「ひょっとして緊張してる? 僕もだ。触って」握られた手をルフレの胸に当てると、微かに早鐘を打つ音がわかる。「嫌がることはしたくない。でも、先を欲しているのも事実だ」
 下げられた指で腰を圧迫する硬いものの上に置かれる。自分のそれもどうしようもないほどだった。ごくりと唾をのみ込むとこれまで堪えてきた妄想に支配されて、自然と息が上がる。努めて隠そうとしたが距離が近すぎて、「君のに触れたい」という低い声に混乱しながら、残っていた理性と主導権もすべてルフレに明け渡した。
 出窓の段差にはなんの飾りも置いていなかったため、そのまま座らされる。床に膝をついたルフレの顔はセネリオからはよく見えた。帯を解くことなく剥き出しの脚に内側から触れられ、それだけで達してしまいそうな心持ちで窓枠の端を掴んだ。
 少しずつ下半身から脱がされると期待でそそりたつ雄々しいものを晒して、自分から触れてくれと言わんばかりに気づけば突き出している。ルフレが息を吐く度にきゅっと目を瞑った。外気の生暖かさ以上に視覚でやられる。刺激を与えられるまでには思っている以上に時間がかかった。やわやわと揉まれるだけでこめかみが痛くなるほどだった。
「ルフレ……ッ!」
「擦られるほうがいい? まだ可愛いな――綺麗だ」
「き、綺麗なわけが……」
「綺麗だよ。毛もろくに生え揃ってない」
「すぐ、醜くなります……男ですから……」
 そうかな、と肝心の箇所を避けるように、節くれだった大人の指がさ迷う。じれったいほどゆっくりとして皮膚の表層を優しく撫でられると、いつの間にか肩にかけていた手で相手の首にしがみついてしまった。
「触ってください……もっと、しっかり」
「いいよ。でも本当は焦らすのが好きなんだ。借り物の服だし、先に脱いでも怒らない?」
 月明かりで別人のように着ている格好を見ると、惜しいような心持ちで躊躇いがちにうなずいた。「何を着ててもあなたですが、匂いが多少変わるようですから。お願いします」
「匂い? 本当に?」
「――はい。はじめから気になっていました。おそらく他の僕の移り香が……」
「だからつい嗅いでしまったのかな。いや、過去の僕にしたら異界の僕は洒落てるなって勘違いしてたよ。香水かと」微笑んで、ムッとしたセネリオの機嫌を取るように覗きこんだ。「よかった。彼らも移り香が消えないほど一緒にいるんだね」
「そうでない場合もありますから。それにあなたが違う僕に目移りすることも想定していました」
「君だけだよ。最初から」頬に口づけると身じろぎしてくすぐったがった。フードを取り去っている髪をほどくより前に、ルフレの外套がセネリオの手によって半分脱がされる。下は簡素で、脱がし方がわかりやすそうな服を着ていた。「君だけだった。どうしようもないほどに」
「……こちらの想定では、あなたの甲冑をどうしようかと考えていました」
「大袈裟な装いだけど、あれでも脱ぐときは簡単だよ」
「僕が脱がせよう、とか――あなたに目の前で脱いでもらって、着せるときに手伝おう、とか」口にしているだけで恥ずかしさがこみ上げて、うつむいてしまう。「移り香はつきそうにありませんね」
「君が擦りつけてくれたら話は別だ。僕が寝ているときに――そうだな、利き腕の方を使って」
「何を言ってるのか意味がわかりません」
 背けた顔を指が追ってくる。
「そうしたら、僕はいつでも君のここに顔を埋めている自分を思い出して、君の匂いを嗅ぐんだ。君が僕に擦りつけて刻もうとした匂いを」
「意味が……っ、……ぁ……! ……ッ」
 側面をはまれると、高揚した自身をルフレの服に差し出しているような想像をしてしまう。冷たいはずの甲冑を幾度も濡らして汚すうちに、同じ箇所だけ擦れて色が剥げていくのかもしれない。そうすれば目の前の誰よりも聡い軍師はすぐに事実に行き当たり、わかった上でセネリオには気づかれないよう振る舞うのだろう。昼には同じ場所を舐められているとも知らず、自分はまた夜になるとそれを使って、別室で一人遊びに耽るのだ。
 散々もてあそばれ焦らされた末に一度吐き出すと、半ば意識を飛ばした状態でベッドに運ばれていた。小さく輝いた手元の灯りはセネリオの神器で、蒼い輝きを放っている。「勝手に使ってごめん」と言いながら自分をじっと見下ろすルフレの姿に、セネリオは少し笑った。
「……ルフレ。やっぱり着替えてきてもらえますか」
「いや、いつでも貸し出すから君こそ頼むよ。抱きしめて毎晩一緒に寝てくれるだけでいい。僕は君に護られ、君を護っているような覚悟で戦場では必死になるだろう」
「僕もあなたに触りたい」
 乞うて願って脱がしたルフレの身体は、細身だが鍛え上げて無駄のない装いをしていた。「アイクやクロムほど男らしくないけど」と胸に引き寄せられた手で探ると、しっとりと汗に濡れた輝きで、「そんなことはないです」と返すのが精一杯だった。
 向かい合って撫でさすって抱き寄せられるだけで、一人ではまだ熟しきってはいなかったはずの渇望が盛り返すのを感じる。知らなかったルフレをひとつずつ引き出しているのが自分なのだという想いと、それを知っているのが自分だけではない想いの狭間でセネリオは揺れた。
「もし……もし、あなたが元の世界に……っ、」
 ほとんど繋がっている状態で息を荒げて言いかけた唇を封じられる。深みまで縫いつけるようにされると、その後は言葉にならず喘ぎ啼くだけの生き物と化した。腹を穿つ圧迫感よりルフレの存在のほうが大きく感じ、好きだと囁いている自分の声を遠くに聴いた。
「ルフレ、僕を……」
「忘れないで。離さないから」
 特別な睦言は必要なかった。それでも愛を囁く声の響きと、ほどいた自分の髪を撫で続ける指に、セネリオは自分の中にある幼くて綺麗には語れないすべてを赦した。



 ふたりの空間はとても静かで、暖かな時間だった。





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