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2024/07/27 |
どうした坊や、お菓子をやろうか……と近づいてくるルフレの顔を押しやり、うんざりとしてセネリオはそのふざけた面をにらみつけた。 「お菓子をくれないといたずらする役割じゃなかったんですか。あなたという人は」 「してほしいというなら話は別だ。それとも菓子を持ってるのか」 「甘いものの取りすぎは体に悪いでしょう。持っていませんよ」 では、望みを聞いてやる。と腰をひょいと抱えあげられる。椅子から落ちた本に手を伸ばすが、「貴重なんですよ! 人から借りた……」という暇を与えられず隣室のベッドに放り投げられる。足の間に割ってはいる膝にカッとして口を開くと、顎ごと押しやられて倒された。 「ん……ッ、ぐ……!」塞がれた唇に抵抗して蹴りあげようとするが、相手の毛深い無駄な装飾が絡んで身動きが取れない。「……っ、……! ……ぁ! はあ、っ、ああ」 「『人から』なあ。あれは人だろうか」ようやく解放されて息もつけずにいるセネリオの輪郭を、獣の手と爪でなぞる。「僕やお前と同じ、奴も獣だ」 「……! 彼は、あなたとは違う!」 「同じだよ。同じルフレだ」すう、と顔の上半分に手を翳すと、その目は真紅から穏やかな色へと変化した。「……セネリオ。具合でも悪いのかい? 熱でもあるのかな」 「……ッ、」 額を合わせると怒りで紅潮したセネリオの顔が暗く歪んだ。 「……熱はないみたいだ」髪をかきあげると耳が消えた。「本当に、どうしたんだい? 悪い夢でも見ているような顔をして。僕がわかるかい」 「や……やめてください」 ルフレは困ったように眉根を寄せて、セネリオに覆い被さった。顔を背けると手が人間のものに変わる。「……愛してるよ。こっちを向いて」 どこまでふざければ済むのだろう。欲した人と同じ顔で、同じ体で、対極にある血の流れを受け入れている。セネリオにとってはもっとも忌むべき憎悪の対象だった。 「や……めて」 「どうして? 僕がほしいはずだ」 「おまえじゃない……!」 「そうかな。ほとんど同じようなものだと思うけど」 からめられた指にゾクゾクとした悪寒が背筋を這い上がり、セネリオはきつく目を閉じた。見なければましだと思った浅知恵は、耳から吹き込まれる声で儚くも消え去る。 「セネリオ……」 「……あ」 「心配いらない。僕に任せて。満足させてあげるなんてわけないことなのさ。ずっとフリを続けてあげるよ……」 「いやぁ、いや、だ!」体の反応に身じろぎしながら、駄々っ子のように涙が溢れた。「嫌だ。ぼ、僕は……」 「それとも」次に顔を撫でたとき、現れた顔は悪ふざけでは済まなかった。「アイクがいいのか。造作もないことだ」 セネリオはアイクの顔をした悪魔を凝視し、食い縛った歯の間から声を絞り出した。 「……! アイクまで侮辱する気ですか。いい加減に……!」 「おまえの気を引けるなら、なんでもしてやる。本当は、誰がいいんだ」 「……え……?」 「アイクか。ルフレか。それとも僕か選べ。今夜、お前にそのうちの誰かをやると決めた。お前が欲しいと言えば、その姿で今後も永遠に過ごしてやる」 「……」 「本当は、誰が欲しいんだ。言ってみろ」 「誰も。誰もいりません。偽物は誰も。僕は、僕のいる世界にアイクさえいれば……」 「矮小な人間ごとき、すぐに死ぬ。あれの子孫も、まとめてすぐ。あっという間だ」 「……!」 「次は? 求めれば応じる男もいるだろう。同情を買って奪ってしまえ。お前がそうしてくれというなら、未来のお前ごとすべて消し去ってやる」 「それは……僕の未来も無くなるということでしょう。死とはどんなものなのか、あなたが僕にそれを与えてくれるんですか?」 「いいや。ただお前の元にはお前のことだけ考えてお前を深く愛する男だけ残してやろう」 「……それも偽りだ。悪意だけ残ったあなたが、僕には似合いなのかもしれません」 「そうか」 そうか、と言ったきり、獣の姿に戻って座り込む。大きな猫は背中を丸めて、「馬鹿な人間だ」とセネリオから隠れるようにベッドの端に移った。 人間では……といいさして、それがわずかな愛情なのかもしれないと錯覚する。彼はとうに知っているからだ。己が何者であるか、その血の契りから逃れられることなく生きなければならない、途方もない時間のすべてを。 ふたつの獣の化身は小さな箱で寄り添い、抱き合うことはないが離れることもなく、そのまま眠りに落ちた。 |