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2024/07/27 

 お似合いだって、嬉しい。と言ったきり、新郎衣装に身を包んだマルスは以前のように気軽な遊びを一緒にしてくれなくなった。ときどき考え込むように「うん……」とうつむいて、ルフレのほうをうかがう。真面目な顔でそうされると何かしたのかなと落ち着かなくなってしまって、ルフレはしばらくマルスの顔をまともに見れていない。
 もともと花婿衣装というのは形だけのもので、どちらかといえば純なタイプの人間が無理やり選ばれて着させられている。おそらくこの世界の婚活市場がそれだけ手薄なんだろう。アンナ発案じゃないのかなんて、ふたりでひとしきり笑って、普段の自分たちなら言えないような台詞を互いに考えたりしたのが始まりだ。
 マルスとは最初から似たもの同士のように言われることも多く、どの世界の自分たちも仲が悪いというようなことはなかったから、自然とつるむようになった。どちらもひとりで女の子たちの輪に入って相手を見つけられる人間ではないし、仮にそうできて相手を見つけたとして、それはそれで問題じゃないのかと気になるということもある。
 ルフレ自身は特定の相手を見つけた自分をろくに見たことがなかったが、マルスは違う。明らかに婚礼衣装を身につけたシーダという少女と召喚されるのを何度も見たし、そもそもマルスは自分と違って男女問わずモテる。この世界で一緒にいるだけでも、なぜお前なんだという視線を何度もあしらうはめになったくらいには。
 しかし花婿のルフレは他の自分とは違って、どちらかといえば楽観的だった。誰がそのような視線をおくってこようと、当のマルスが自分を傍に置いてくれているのだから、きっとそれが正しいのだ。自信を持って堂々として、最初は敬称つきで敬語だった口調も彼の願いで改めて。ずっとそんな時間が続くものだと、その日まではずっとそう思っていた。
「マルス……?」
 ひとけのない場所で一人きり、川辺で顔を映して悲しそうにしている彼を見たとき、声をかけていいものか迷った。一番お気楽な面を存分に見せてくれるはずの存在が、とてもつらそうに下を向いている。
 具合でも悪いのかと近寄ると、ルフレに気づいたマルスは慌てた。
「……っ!」
「僕を避けているね、マルス。理由を聞かせてくれないか。君に完全に嫌われるより前に、態度を改めたい」
「ああ、ルフレ」
 違うんだ、と横を向くその人を揺さぶりたくなって、つい両肩に手をかけてしまう。それだけでビクッと硬直したマルスの姿に、ルフレは躊躇った。
「すまない。いつもふざけた真似ばかりしているから、君が本来、とても真面目で思い詰める人間だってことを、忘れかけていたよ。本当は嫌だったんだろ」
「……え? ああ、二人でやってるナンパのことかい? あれは別に。僕はああいう風な遊びをしてきたことがないから、この見かけで召喚されたとき最初は恥ずかしかったけど、今ではよかったなって思っているよ。君とずっと一緒にいられる口実もできたし」
「だったら、なぜ……ん?」
「似合いの格好で、特定の相手がいないわけだろう。周りはもう既成事実のように勝手に想像してくれるから、正直やりやすいなと思ってるよ」
 ぼそぼそという囁き声に「え? ……え?」と馬鹿みたいに返すと、暗い顔をして近づいてくるマルスに腰が引ける。わずかばかりだが身長差と足の長さで森の木に押しつけられて、(あ、まずい……)と頭を逸らした。
「マルス。冗談、だよね」
「それが得意じゃないことは、傍にいた君が一番よくわかっているだろう」
 パッと握られた手首の端から、侵入してくる指の熱さにぞくりとする。よく見るといつもはお揃いの青い色でつけていた胸元のコサージュもなく、手袋も取り払って簡素な装いだ。
「いや、でも君。全然そんなそぶり見せなかったじゃないか!」
「君に、嫌われると思って……」
「えええ……? 熊のような男相手でも指輪告白タイムを忘れずに成し遂げてきたのに? ……馬鹿だなあ」
 意識しだすとどうやって相手の顔を見ていいのかわからなくなった。ゆっくりと片方の手袋をはずされて、その指に口づけられる。五本の指を互い違いに合わせると、いろいろと考えていたはずのすべての言葉が吹き飛んだ。
「僕の、部屋でいいかい?」
「えっ……気が早い! ちょっと待ってくれるかい。気持ちとか体の準備とか、いろいろあるだろ!」
「逃げられそうな気がするんだ。それに君は……」マルスはいいよどんで、視線を逸らした。「セネリオのことが好きだろう」
「……」
 確かに他の自分たちは、なぜかあの冷血漢に吸い寄せられるように気持ちを持っていかれているのは事実だ。それがなぜなのか、ルフレ自身にも理由はよくわからない。ついアンナがときどき開催している、恋愛リアリティーショーのように考えて取り合い合戦に参加してしまったこともある。しかしそれとこれとは別だった。
「逃げたりしないよ。相手が君なら」
「……それに……子孫が……」
「クロムはクロムだしクロムだよ!」ルフレは赤くなる熱をなんとか隠すべく、手袋をしたほうの手で顔全体を覆った。「仮にそうだとして数が合わないと思うから、べ、べつにいいんじゃないかな。僕と君でも」
「……消極的な選ばれかたはちょっと……」
「君、結構わがままだよね。さすが王子様だ」
「君の前では、わがままを言いたくなるんだ」
 ぽつりとした声に調子を狂わされる。返事に窮していると、マルスの腕がルフレの背中に回された。
「これから先、花婿のクロムとか花婿のセネリオが出てくるまででいいから……」
「契約結婚ってやつかい。違うだろ。結婚っていうのは、その、一度でも契りを交わしたら簡単には別れられないし、気持ちの整理だってつけられない。誓うよ。誰が召喚されても、この先、君だけだって」
「……プロポーズ攻撃は継続するのに?」
「あれ、結構お金かかるんだよ。イミテーションの他に本物もいくつか用意してあるけど、君には新しい指輪を買ってあげるから」
 マルスはおずおずと顔を上げ、ルフレの頬にキスをした。触れるだけの軽い戯れが、互いの羞恥心に火をつける。少し離れると、先ほどまで暗かった世界のすべてが輝き、新しい色合いに満ちていた。



「嬉しいよ……僕はこの先、国を七つも統治するそうだから。国七つぶん買えるくらいお願いしようかな」
「と、とんでもない花嫁だな……いや、僕が花嫁なのか? まあいいか……善処するよ」




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