管理人サイト総合まとめ

site Twitter pixiv



2024/07/24 

 風邪で寝込んでいる花祭りのクロムを見舞うと、熱に浮かされてウンウンと呻いていたクロムが「とうとうお迎えが来たようだ。ルフレ、そこにいる花籠を持った乙女の名を聞いておいてくれ。きっと女神の導きで俺たちの運命も変えられるだろう……」と言った。
 ルフレはおそるおそる振り返り、「び、病人の戯言だから。気にしないでくれ」と目線を合わさず言った。セネリオは花籠を傍らの机に置くと、「ちょうど出陣していたので。頼まれていた薬です」と瓶を取り出した。
「ありがとう。本当に普段は元気すぎるくらいなんだけど、おかしいなあ」花祭り衣装のルフレは他のルフレに比べるとややおっとりとしていて、痛いほど注がれているセネリオの視線にまったく気づかないようだった。「あ、君もうつるといけないから。こちらから後でお礼を――」
「結構です。では」
 用事が済むとさっさと出ていってしまう。ルフレは同じ魔道を学ぶ参謀として共通項目の多いセネリオと一度話をしておきたいと考えていたが、向こうはそうではないらしかった。どちらかといえば明らかに嫌われているので、無理に話しかけたことはない。黒く長い髪を揺らして庭園のベンチに腰かけている姿を眺めたり、図書室で抱えきれないほどの本と格闘している彼を手伝ったことがあるくらいだ。
 ぼーっと扉を見つめていると、クロムが「愛の祭りでは気持ちをすぐ口にすることが肝要だ。出会って間もない村娘と俺が結婚できたのも……ゴホッゴホッ」と激しく咳き込んだ。
「あ、愛? あのね、クロム。勘違いしているよ、君は熱に浮かされて……」
「女神の使いだろう。母親のような女性を選べと言ったのを覚えているか」
「――うん。結婚幸せ脳で頭が蕩けた君が、わりと強引にアンナと組んで僕に押しつけてきた婚活論理だよね。あのとき本音は言えなかったけど、わりと本気でどうかしてると思ったよ。僕にも君にもお母さんの記憶はないだろ……って」
「ああいうのがお母さんだ。花を持って薬を差し出して、お前に微笑んでいた……」
「これはかなり重症な幻覚だね。すっごく睨んでたよ。迷惑かけるなって顔してたよ。セネリオがお母さんなら相当なスパルタだよ!」
「――俺のことはいいから、早く行け。しばらくすれ違って、口も利いてないんだろう。午後は花祭りのアイクも出陣しているはずだから、彼もひとりだ」
「え……?」
 軽口の間に、熱で赤らんだ端整な顔が真面目な聖王の姿に戻っているのを感じて、(なんだ、うなされてたわけじゃ……)と思い至ると顔が熱くなった。
「そこまでわからないと思ってるんだな。もういい、薬ありがとうと伝えておいてくれ。俺は寝る」
「――ここにいるよ」
「ひとつ言っとくがここは婚活激戦区だぞ。独り者のお前だけで何人いると思ってるんだ」
「ごめん。やっぱり行ってくる」



 クロムの忠告は正しかった。本来なら結婚していたり婚約者がいたりするはずの人間も、この世界ではなぜか独り身だったりする。新郎衣装に身を包んだマルスとルフレがにっこり微笑んで、「セネリオ。その衣装、今日も似合っているね。とても素敵だよ」「花の薫りが心を擽って、優雅だなあ」と口説いているのを見つけた。
(こ、このふたりは節操がなさすぎる……!)と彼らが指輪を取り出すより早く追いつき、花籠を片手に腰に手を当てたセネリオが「いい加減にしてください。順番に投げつけますよ」と返すのにホッとした。
「花を投げつけても痛くはなさそうだけど……」
 花婿ルフレを振り返り、セネリオは憤懣やる方なしといった風に言った。
「指輪を投げつける人に言われたくはないですね」
「あれは純粋な精神攻撃だし投げつけたりはしてないよ。男性にはわりと効いているみたいなんだ」
「――女性にも効いているようですよ」
「僕にはケーキサーバーという名前の斧があるからね。物理で殴るに限るよ」マルスは優しい笑顔でわけのわからないマルス理論を唱えた。「まあ花や指輪よりは見た目がちょっと。ケーキを切るのと同じにはいかないと思って、毎晩先を研いでいるから、戦場では返り血で恐ろしいことに……おや」
 純白のタキシードが真っ赤に染まった想像をしてしまい、花祭りのルフレは躊躇った。一方は愛の祭りで、もう一方は永遠の愛を誓う衣装のはずなのに、話が妙に血なまぐさい。
「セネリオ。ちょっといいかな。さっきのお礼がしたいから」
「……いらないと言いましたよね」
「珍しいね、ルフレ。今日はクロムは一緒じゃないの?」
「風邪をひいて寝込んでいるんだ。そういう君たちも、よく一緒に行動しているよね。とてもお似合いだと思うよ」ルフレは頭についている花をパッとつかんで、新郎二人に投げた。「どうぞお幸せに!」
 花の効果は偉大である。噎せ返るような薫りと詠唱もなしに紡がれた魔道の力によって、花婿のふたりは一瞬目をつむった。霧が晴れた頃には花祭りのふたりはその場にはもういなかった。
「我ながら、やるなあ!」
「お似合いだって。どうする? ルフレ」マルスは嬉しそうに微笑んだ。
「よし、次のナンパ先を探そう。マルスといたら百人力だけど、今のは相手が悪かった」
「ふふ。いいよ」
「じゃあ次は寝込んでいるクロムを見舞おう」
「先祖と半身と既婚者だから、手強いと思うんだけど。熱を出してたら案外ほだされるかもね」
「ふたりで愛を誓うよ!」



 思わず掴んでいた手を放すきっかけがわからない。振りほどいてくれればいいのに、庭園を回り込んで人を避けるように移動しても、セネリオは口を開かなかった。
 ルフレは困り果てて指先から伝わるセネリオの手から意識を逸らした。花祭りのふたりはどちらも特に手を覆うようなものはつけていなかったため、直接熱が伝わる。緊張で汗ばんできた己の醜態に頭がぐるぐるとして、(僕は何をしにきたんだっけ……)と気持ちが焦った。
 ずっと繋いでいたいような気もするし、セネリオの反応によっては、そういった機会は二度とないかもしれない。よりによって花祭りの時期には同じく開催されるイベントが重なっており、なかなか人のいない場所を見つけるのに苦労した。庭園の奥には白い花をあしらったガゼボがあり、日陰になっているためちょうどいいかもしれないと考える。
 クロムの熱がうつったのではないかと思うほど、ルフレの心臓は落ちつきなく早鐘を打ち、セネリオを振り返ることができないでいた。
 幸いなことに目的の場所には誰もおらず、誰かが創ってあしらったのか、花冠がところどころに置いてある。ちょっと乙女チックで、嫌われやしないかと勇気を持って後ろを振り返るが。意外なことにセネリオは、アーチになっている庭園の藤棚を見上げたり、少しだけリラックスしているように見えた。
「いきなりごめん。引っ張ってきちゃったけど、息は切れてないかい」
 ルフレは身長もさほど高くなかったため、自分より背の低いセネリオはそんなに数がいない。そういったことを気遣う余裕さえなかったことを恥じて、名残り惜しかったが手を放した。
 セネリオは「いえ……」と言ったきり、宙を仰いでいる。そういえば闘っているときも、花を掴んで舞っている時間だけは目を細めて、妙に嬉しそうにしていることを知っていた。
 誰かからもらったポプリや紅茶のあしらい花も嫌いではないように見えるし、美しいもの自体は好きなのかもしれない。植物の織り成す木漏れ日の中で、歩く彼の姿を追っていたかった。ルフレの視線に気づいたのか、戦闘後だけいつも抱えている花籠を反対側に持ちかえ、憮然とした顔で少しうつむいた。
「話とはなんですか。お礼のことなら……」
「ああ、うん。用は特になんにもないんだ。君と話したかっただけで」
「――」
「ごめん。君がそういうのを一番嫌うってのは、情報として知っていたんだけど」
「別に、構いません」セネリオの言葉に顔を上げると、彼は自分の言ったことに戸惑ったのか、視線をさ迷わせた。「――他の僕たちが、戦術書の教義について議論を交わしてるのを見かけました。ああいった対話なら、建設的です」
「戦術書の……嘘だろ……まさか誰もそういった雰囲気に持ち込めてないなんてことは……」ルフレは思わず囁きながら、これは難題だと真っ青になった。「いやいやいや。た、たしか英雄衣装のふたりは二人旅に持ち込めてた気がする。発破かけるつもりでクロムも連れていったけど、そうか――あのときクロムにもバレたのか。うう……! 恥ずかしい……!」
「聖王のことは……心配じゃないんですか」
 木陰で一人で頭を抱えるルフレに構わず、先を歩いていたセネリオが振り返らず言った。
「いつも心配だよ。でも、今回は違うみたいだ。僕のほうが心配されてる」
「わけがわかりませんが。僕はおそらく、アイクが寝込んだら彼の隣につきっきりですよ」
「――そうだね。想像がつくよ。わかってる」
 端まで到着すると、座り心地のよさそうなブランコにツルが巻きついており、綺麗な花を咲かせていた。ルフレは花冠のひとつを手にとって、「頭の花はさっき使っちゃったから、しばらくこれでも……」と被ろうとした。その手をセネリオが握るまでは。
「ど、どうしたの?」
「――」
「あ、やっぱり似合わない? だったら首にかけようかな……」
「そこまで……揃いにしなくても」
 消え入るような声に首を傾げる。下を向いて暗い顔をしているセネリオをどうにか励ましたくなって、ルフレは手に持った色とりどりの花冠をその頭にかけた。
「――なんのつもりですか」
「いや、欲しいのかなって。君、右手首につけてる可愛らしい薔薇以外に、何も花祭りらしい装いはしてないし」
「これも明日からはずします」
「似合ってるよ。でも、今日の姿は――他のやつには見せたくない」
 かなりの勇気を振り絞ったが、「……そうですか」とセネリオが言ったきり沈黙が続く。これは伝わっていないんじゃないか、と不安にかられはじめると、「そこに座ってください」とガゼボのベンチに促された。
「セネリオ。君は僕のことなんて、なんとも思ってないかもしれないけれど……僕は!」
「どうとも思ってないような人間に、僕が黙ってついてきたりしないことは。情報になかったんですか」
「……!」
「座ってください。……図書室で手伝ってくださったことを覚えていますか」
「あ、うん。異世界全体の地図だろ」自分だけ座ると、セネリオの表情は影になってわからなくなった。真っ白な状態で記憶を探る。ほんのわずかに関わりのあった出来事でさえ、それが気になる相手であれば思い起こすのは容易だった。「重くてとてもじゃないけど一人じゃ運べそうにないのに、君が魔道も使わずに運んでいるから」
「あれはちょっと特殊で、そういった能力すべてを弾きます。正直、人手が欲しかったので、助かりました」
 左腕に下げた花籠に手を差し込むと、名前を知らない紫の花をひとつ取り出す。ルフレの右耳の上に、すっと差し込んだ。
「あ……」
「あなたのマントは紫だから。気に入らなければ、はずしてください」
「枯れてしまうのが、惜しいくらいだよ……さっきのようには扱えないな」
「枯れたらまた。ここで」
 そこから先を何も言わないで、離れていく指をパッと掴む。今度は先ほどとは違って、緊張でわずかに濡れているのは相手の手のひらだった。愛をささやくほどにはまだ熟してない熱を指先から交わして、ルフレは満たされた気持ちでその指に口づけた。
「――うん。必ず」







「やあ、クロム。瀕死の君にプロポーズしにきたよ。どっちにするかここで決めてもらおうか!」
「ううう……どっちも正直、嫌だ。おま、おまえたち……人が寝込んでいるのに、いたわりと言うものを知らないのか。ル、ルフレ、指輪を出すな! お前のプロポーズは死ぬ!」
「かわいそうだから順番に介抱してあげよう。あれ、頭の花冠はどうしたんだい、クロム?」
「マルス、あれはどう見ても病人がつけていられるものじゃ――あ、こら。首輪ははずすな! 二つともないと俺が俺だとわからなくなる!」
「……不便だなあ」
「転生しても花祭りだけはごめんだね」





×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -