管理人サイト総合まとめ

site data


2024/06/21 

 蒼い陰を帯びた紋章士の姿を見つけると、ルフレは腹の底で嗤いを噛み殺した。「健気に待っていたようだね。よくやったと言ってあげたいけれど、君は本当に愚かで可愛いよ」
 薄暗い広間の中心で蠢く屍兵に目をやると、激しく舌打ちをする。その顔はフードの奥に隠されていたが、赤黒く染まった両目の色だけが紋章士と対称的であった。
「嫌な夢でも見ているようだ。あれはもう用無しだな。さっさと処分してくれ」
 無言で聖剣を構える紋章士の頭には、かつて優しい幼なじみがくれた冠の代わりに悪趣味な紫色の装飾過剰な冠がつけられている。なにも言わずに屍兵に突撃すると、その駿足でルフレのフードがひらりと舞い上がった。
「クロムの屍兵はもうしばらく置いとこう。君と違ってアレは喋るし、反応もクロムそのままで面白い」
 大広間を抜けて階段を上がる頃には、紋章士の姿は隣にあった。「君たちは本当に便利だな。ムスペルもソンブルも僕に言わせれば小物だけれど、紋章士を異界に送る役には必要不可欠だったのか」
「――」
「何も言わないのに君の気持ちが手に取るようにわかるのはなぜだろう。紋章士マルス。虫けらの人間どもはもうあらかた片づけてしまったし、君は君でなんだか不遜な態度だから」ルフレは玩具を見つけた子供のような顔で、嬉しそうに自室の扉を開けた。「ねぇ、リュール。次の獲物を探しに、どこか違う世界の旅を楽しまないか。新婚旅行と洒落こもうよ」
 ぐったりとシーツに埋もれている蒼い髪の女性が、乾いた頬を撫でつける手を払った。「……ルフレ。今日は、もう」
「――君はいつまで経っても、つれないんだな。ルキナの方にしておくのだった」
「……ッ!」
「僕に惚れている何人かの女性のうち、僕を裏切ってクロムと一緒になりそうな者だけ先に殺してしまったし。ルキナはルキナで、クロムの後を追うことを選んだし」
「あ……、いや……!」
 取り払われたシーツの下で、動いた裸体を隠すようにルフレが覆い被さる。紋章士は扉の前で姿を消すことも赦されず、静かにたたずんでぼんやりとしていた。
「何て言ったっけ? エレオス大陸か……君が来てくれて助かった。そう考えると、ソンブルってヤツもなかなかのもんだね。でも退屈だよ」
「ルフレ!」
「ああ、マルスが気になるのか」ルフレは自分の手から指輪をはずして、鈍い色で光る金属を口に含んだ。「……口を開けて」
「いや! もういいでしょう、やめましょう――!」
 彼だけ可哀想じゃないか、といった顔がリュールの腹の下を探る。舌先で押し込まれると羞恥と怒りで紅潮した顔がルフレの髪を掴み、仰け反った。
 淡々と行われる秘め事の傍らで、紋章士はぴくりともせず同じ位置に浮かんでいる。ルフレは服を脱ぐ手間が惜しくなり、リュールの上に騎乗したままマルスを仰いだ。
「ねえ。混ざる?」
「……ルフレ! お願いですから」
「こいつはこう見えて結構ひどいやつだよ。君の気持ちを知っててなんて言ったと思う? 『僕とリュールでは子供ができない』」
「……ひッ、いやぁ……」
「――ん、痛いな。ああ、指輪のせいか」
 もうこっちじゃいけないんだっけ、と指輪を抜き取った瞬間をルフレは見逃さなかった。「あ、いまちょっと感じたようだ。おかしい話だよね。神竜の力で顕現されたのに、マルスは全然喋らなくなったし。君は君で、ルミエルの力も全部吸いとって蒼い髪だというのに、なんだか別人のようだ」
「あ、あなたこそ……ルフレ、正気に戻って……!」
「僕の何を知っているというの」
「あ……ああっ……」
「何回やり直したか思い出せないときがあるだろう。竜の時水晶の一番の欠点は」ルフレは息を整えて腰を進めた。「何度やり直しても、一度死んだ者は別の世界では死んでるってことだ」
 悲鳴まじりの喘ぎ声が高まりを帯びるにつれ、紋章士の蒼い陰がゆらりと大きく揺れる。ルフレはその光に目を細めながら、涙に濡れた綺麗な顔に口づけた。
「難儀だな。竜族の子供なんてどこの世界でもろくな目にあってないのに」
「あ――」
「ごめんね。可愛がる約束をして一緒になろうと誓ったのに。紋章士の僕を知っていると君が言うから、つい嫌なことを思い出してしまって」
「ルフレ、もう……!」
 愛撫の最中に指輪が音を立ててベッドから転がり落ちる。白い腕がさ迷って、指輪を取ろうとする。その指をしっかり手繰り寄せ、ルフレは微笑んだ。
「全部やり直したって、君が手に入るなら。それはそれで、面白いかもしれないな」
「あ、ああ」
 蒼く狂おしい様で肢体を仰け反らせたリュールの唇が、ヴェロニカ! と動いた。ルフレは動きを止めて、リュールの視線を追った。美しく無表情な少女が静かな怒りを携えて立っている。視線を逸らしたマルスと同じく、蒼い輝きを放っていた。
「ああ、今ごろ来たって遅いよ――起こしてくれる約束をしていたはずだろう。悪夢にはもううんざりだ」
「――悪夢そのものがよくいったものね」低く乾いた声が室内に響いた。
「そうかい。君も一緒になるなら可愛がってあげたのに」
「ヴェロニカ……! 駄目です!」
 歪んだ空間の向こうで、二人の紋章士の姿が消え失せる。リュールの指を握ったルフレの手に、ヴェロニカの腕輪があった。マルス、と声を放ったリュールの顔に切なげな色を見つけて、ルフレは胸が締めつけられる思いがした。なぜあいつなんだ。思い出せない記憶の底に紋章士の影があり、別の次元の自分は確かにその役目を果たしていたらしい。
 嫌な奴だ――とルフレはうんざりした。しかし愛しくも可愛い花嫁を深く傷つけるには、まだ残しておかないといけないという気がする。違う世界のリュールは男の場合もあるというから、玩具にするには手間がかかりそうだ。
 紋章士ヴェロニカは異世界召喚の力を持たない。紋章士を異世界に移せるのは神竜の力だけであるため、ヴェロニカはもう必要なかった。
「やっぱり用済みはこっちかな。どうするリュール?」
「返してください! ヴェロニカは私の……!」
「私の、はマルスだろ」
 閉じられた世界があったな、とルフレはひとりごちた。「ああ。リュール、顕現はするなよ。ヴェロニカの腕輪は武力の国、ブロディアに送ろう」
「――ソラネルはあなたが真っ先に破壊し尽くしたでしょう! あの井戸はもうありません!」
「そうだったっけ。悪いけど、もう何回仕切り直したか覚えてやいないんだよね。クロムさえ生かしておいたら、紋章士としての人生もあったのかもしれないが。ギムレーの奴も取り込めるほど強くなったってのに、このルートはあまりにも……残酷……」
 ルフレの声がふと途絶えた。扉の前に、魔道書を持った背の高い紋章士が立っている。暗闇に紛れる蒼い粒子は驚くほど色が薄く、実体のない姿形もほとんど透けている。表情はうかがえなかった。


「――セネリオ」





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -