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2024/06/06 

 薄暗い室内の際で、蒼白く浮かんでは消えていく粒子を目で追っていた。暴いていく度にその色は深く艶めきを増すため、時間をかけて唇を落とす。所有の印は何も残せない。右肩に浮き出る聖痕がより一層目についた。片割れの軍師も黒い手袋の内側にすべてを隠しているようだと思うと、対になって半身と呼べる相手が自分ではないことに嫉妬を覚えた。
 触れずにいた手の甲に口づけながら朦朧としている相手の名前を呼ぶと、薄目を開けて涙ぐんでいる。跡継ぎの公子として朝な夕なに入れ替わり立ち替わり、性別年齢を問わず相手が途切れなかった自分には考えられないほど、クロムは無知だった。どうやって結婚に至ったんだと聞けば、「ルキナが存在するということは、俺が奥手のままだったら彼女は産まれなくなるんじゃないかと思ってな……」そう言ったきり、黙って大きな背中を縮こまらせる。肌の感触は確かに感じるのだが、やはり肉体の持つ刺激とは比べ物にならない淡い繋がりだ。首筋に舌を這わせると色気のない声で抗議する声を、嬌声に変えるには遠そうだと息を吐いた。
「――どんな人だった」
「怪我をした俺を、村で匿ってくれたんだ。貧しい村で育った素朴な子だった。献身的に尽くしてくれて、大人になったルキナと少し顔立ちが似ているような気がしたんだ」
「悪い意味ではないが、ルキナは君に瓜二つだ。相手の女性が誰であっても、彼女は彼女のままだった理由もわかる気がするね」
「……そんなに似ているか? 俺は、長い間気づかなかった。瞳の聖痕に気づいた後も、何かの間違いじゃないかと思ったくらいだ。俺は、本当にこういうことが……ッ、待て。話が……!」
「続きは明日聞こう。私もそんなに若くはないんだ。時間を賭して限りある情熱には正直でいたい」
「見た目はそこまで、変わらないように思うのに。どこでその手管を身につけたんだ?」
 シグルドは向かい合って覆い被さったクロムの顔を撫で上げると、首を傾げた。「最初の相手は教会の聖職者でね。年を取っていたから深いつき合いにはならなかったんだが、多少変わった趣味の持ち主で」
「ああ? いくつの時の話をしている……待て。初めても男か!」
「何をされているのかわからない年だった。ときどき軟禁状態にされては、どこかの末席貴族の未亡人や、自分と同じ少年趣味の浮浪者などを次々あてがわれて。それを小窓で観察するような性癖の持ち主だった」
「――!」
「君の言いたいことはわからないでもないが、まあ私の世界では比較的よくある話だった。その頃は私も女神や何かの信仰心に洗脳されていたこともあって、彼はとてもうまくやりきった。途中でおかしいなと気づいてからは、自分で相手を探すようにしたよ。跡継ぎがひとりきりの貴族の問題は、王族のそれ以上なんだ。父の代でもかなりのことを言われていたし、たとえ私生児であっても種を遺さないことで家族が責められるような真似は、私の代で終わらせたかった」
 軽蔑するかい、と粒子に濡れた髪をかきあげると、揺れた瞳と震えた指先がシグルド自身も忘れているような遠い記憶を探ってくる。「いや。思ったより酷い話だったから、面食らっているだけだ。思い出させて悪かったな」
「それがね。聖職者のじいさんのことは、嫌いではなかったのだよ。彼は彼で劣情に苦しんでいたし、初めこそ玩具のように私を扱ったが、貴族の中継ぎはすべて背負ってくれた。まあ別件で絞首刑になったが……結局、最後まで本名を教えてくれなかったな。実はこの話は誰も知らないんだ。ディアドラにもルミエルにも言ってない」
「うう……あんたが今のあんたになった歴史にしては、闇が深すぎるからな。知らないままで、よかったと思うぞ」
「君のほうはどうなんだ。さっきの話がすべてか」
「全部だ。男同士が当たり前の時代があった話をマルスから聞いて、衝撃を受けた」
「私の世界では当たり前ではなかったが、特別禁止もされていなかった。ただ、聖職者はその限りではない」
「……っ、あ! お、おい」
 脱がせきったシャツの合わせめから体をずらしていくと、抗議の腕ががっちりと抵抗してくる。腰のベルトに手をかけたところて体を硬直させるので、「どうする?」と意地悪く微笑むと「聞くな……!」と抵抗がやんだ。荒く息をついたまま、腕で顔を隠してしまう。
「私は君がほしい」
「誰にでも言ってるんだろう……」
「――」
「誰にでも言ってるのか」
 脇を見て記憶を掘り起こす前に、伸びてきた指に襟元を引き上げられる。案の定と言うべきか、暗闇で光る蒼い粒子の影だけでもわかるほど、真っ赤に染まった顔を背けながら、クロムはシグルドの服を手荒に脱がしていった。
「俺だって、なあ!」
「こら。皺になると精神体のややこしい書き換えのせいで、私には戻せないんだぞ」
「なんでそういう変なところだけ、不器用なんだ? まったく――俺がなんでも世話してやるから黙ってろ」
「……イーリス聖王国の第一王子を煩わせるようなことではございません」
「そこだけ貴族風を吹かせようとしても無駄だ。あんたの存在自体が極刑に値する」
 素肌に外気が触れると、寒いような記憶の錯覚で一瞬だけ体が震えた。クロムの愛撫はお世辞にも決して巧みとは言えなかったが、シグルドの手腕を真似ているのか口調とは裏腹に丹念なものだった。
「ああ……君に抵抗がないなら、私はどちらでも構わないんだ」
「黙ってくれ。あんたと違って、先を考える余裕がない……ここは?」
「ぅ、ん。痛いな。厄介なものだ。記憶では私は胸を吸われるのが好きだったのに」
「――あんたが歯を立てるから、気持ちいいのかと思っていた。教えてくれ」
「ああ。ちゃんと感じていたのか。いつまでも声を押し殺しているから、不安だったよ」
 上下を入れ換える度に、光の線のいく末が長くなる。快楽と直結しているのかもしれない……と蒼い光を目で追いながら、長く大きく絡まるようにするにはどうすれば上手くいくのだろう、と。目の前のことも忘れるように、楽器を奏でるがごとく追い続けると、すっかり出来上がった勢いで駆け抜けようとしているクロムが目について、休止した。
「シグ、ル」
「すまない。急きすぎた」
「俺が」荒い息を抑えるように枕に顔を埋めて、彼はそれを言いきった。「受け入れたい」
 いいのかと尋ねる耳元で、頷く頭を躰ごと一度抱える。怯えきったまま微動だにしないので、思わず笑いを噛み殺した。「大丈夫。君は苦手でも、私は得意なんだ」
「……複雑だ」
「さらけ出せないような悪い記憶ばかりだと思っていたが、君を傷つけないための鍛練だったと思えば過去も受け入れられる」
「ルミエルには、どう接していたんだ」クロムはいいさして、頭を振った。「いや、やっぱり……聞かなかったことに」
「ああ。幽体離脱の文献をふたりで読み漁ってね! あんなに勉強したのは何千年も過ごして初めてのことだった」
「――」
「愉しかったな。竜化した彼女とどうにかなれないものかと提案したときだけは、しばらく口を利いてくれなくなったが」
「あんたの探求心はどこに向かおうとしてるんだ」
 シグルドは苦笑した。「覚悟を決めたマルスが方法を尋ねてきたら、教えてあげられると思うぞ。いつか彼女に出逢えたら、『ほら、役に立ったろう?』と言ってみたいものだ」
「……マルスは俺の直属の先祖だ。リュールにはそう話してしまった」
 彼は気にしないだろう、と言うと、疑問を持ったままで伏せた顔が少し横を向いた。「竜族の寿命は君が考えている以上に長いんだ。その気があるなら永遠にでも生きられる。器として子供を大勢なしたソンブルの思惑がそれだ」
「時が長過ぎるせいで、より強固に相手を探すようになったらどうする」クロムは続けた。「終わりのない旅路になっていることを知っていたから、ルフレもセネリオに気持ちを吐き出せずにいた。ルキナも同じようなことを言っていたが、俺はマルスのことだけは何故かわかるんだ。血の流れがそうさせているのか……彼は自分からは言わないぞ」
「そうだな。君と同じだ。しかし今夜は私を求めている」
 そうでもない、と話している間にも進めていた何本めかの指の侵入を遮って、異物感に潜めた眉を寄せて口を閉じる。シグルドは少し迷ったが、背筋を撫でおろすと甲高く喘いだ下半身を持ち上げて、思いつく限り一番手軽な方策で事を進めることにした。
「よ、よせ! シグルド、そんな……ッ、」
 簡素な潤滑剤もなしに解れていくのは、気持ちの上での抵抗が薄らいでいるからだろうと嬉しくなる。あまり時間をかけすぎるのも集中力が途切れてしまいそうだと解放するが、護りの強いクロムの城は陥落して見えた。本気を出せばいくらでも声を出させることは容易いが、二度目はないぞと怒られそうな気がして手加減してしまう。ちらりと様子を伺うと、はぁはぁと厚い胸を上下させながらベッドに突っ伏していた。
「一度楽になるかい」
「――! あ、ああ。いや、駄目だ」
 一緒に、と掴めぬシーツを握りしめようとして堪える姿に、困ったなと内心思いながら手を添えた。「最初の受け入れは絶対によくはならない。どれだけ精神的に預けてくれていようとも、だ。脚を使っていいか」
「あ、脚?」
「向かい合わせがやりやすい」
「……っ、絶対にやめろ! 見せられない顔をしている。……ッ」
「綺麗な顔だ。確かに誰にも見せたくない」
 馬に乗る訓練でついた擦れ痕に指を這わせると、逞しく猛り添った腰を跳ね上げる。口に含もうとすると本気の制止が頑として先をさせてくれないため、軽く扱き上げた。動きに合わせる姿がいとおしく、覗きこむと視線を避けて己の名前を呼ぶ。脚での行為を簡易に説明すると、呻き声をあげながら、勝手にしろ! と真っ赤になった。初々しく愉しい反応が心地いい。 
「いいな。上手だ」
「ああ……ッ、む、無理だ。もう……!」
 果てるのは辛うじて抑えていた腕の筋を舐めあげると、断続的に吐精するので手のひらや腹で受け止めた。現実と同じく粘り気もあるが水の感触とも違う、不思議な感覚で粒子が消え去る。惜しく思っていると「俺、ばかり」と申し訳無さそうに脇を向くので、シグルドは「……それは違う」と笑った。
「どちらがそうしているのか、わからなくなってからが本番だ」
「どういう意味だ……?」
「私が君を煽っているのか、君に私が煽られているのか。幾度かそうしているうちに、わからなくなるのさ」
「――言葉ではいつも負けている気がするが」
「それは気のせいだ。ストレートな物言いをすると、君の反応がおもしろいだけで」
「……ッ、もういい。早く……」
「扇情的な様子が好きだから、何度も妄想のなかで君を抱くんだ。その繰り返しだった」
 白状する唇を奪われて、脚を絡められると深みに押し込んでしまう。肉体を伴った圧力と変わらぬ刺激に呻いて、小さく笑った声も何もかもを吸いとられた。たちのぼる互いの熱気に押し合いへし合いを繰り返し、次に果てる頃にはクロムの望みも叶えていた。
 疲労困憊しても尚、最後まで……といいかけたきり目醒めない。その体躯を後ろ抱きにしたまま、シグルド自身も移ろう蒼い粒子を指でもてあそんでいた。



 暗闇を伴ったテラスの向こうで、月が輝く夜のことだった。




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