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2024/05/02 

「マルス。だってあなた……まさか気づいていないの?」
「僕が、なんだい?」
「リュールが他の紋章士とエンゲージするとき、あなたすごい顔をしてるじゃない」
「……」
「ああ、確かにミカヤの言う通りだ。まあ最初のうちは仕方ないかと皆気づかぬふりをしてくれていたが、最近は目にあまるね」
「シグルド。君までそんな……」ミカヤとシグルドの目配せを見て、マルスはうなった。「そうかな。なにも考えていなかったけど」
「マルスは戻ってくるのが一番遅かったしな」アイクが続けた。「リュールも最初こそお前に義理立てして、ほとんどの紋章士の力を自分では使おうとしなかったが、次第に慣れてしまったのは事実だ」
 マルスは息をつめた。「彼は、そんな危ないことを……? 千年のブランクのあとで指輪なしではきつかったろう。僕は、別に気にしないのに」
「そこは正直になったほうがいい。実際、君は私たちがリュールとエンゲージすると目に見えて拗ねてみえる」
「……! そんなことは」
「シグルドの言う通りだ。ソラネルの定位置に違う人間がいるとかなり恨めしげだ」
「ベレトまで……アイクにしても、普段はそういう話には乗ってこないじゃないか」
「皆してはっきりいう機会をうかがってたのさ」シグルドがポーカーフェイスの面々の代わりに言葉を引き取った。「マルス。わかっているだろうが、君は私たちのリーダー的存在であると同時に、弟のようなものだ。こと、恋愛感情に関しては一番奥手だと思っている」
「れん……あい……」マルスは口を開けしめして、周囲に助けを求めた。しかし誰も否定してくれない。「待ってくれ。君たちも知っているはずだ。僕は……」
 何を言おうとしたのだろう。アリティアの王子で、許嫁に近い存在がいた話をか。子孫が指輪や腕輪に宿っていることをか。マルスたちは精神体として切り離された時点で、オリジナルとまったく同じであると同時に、固有の存在であった。かつての仲間を恋しく思う日があるのは事実だが、それも遠い記憶のような、あたたかな思いでのひとつに過ぎない。
 千年だ。千年も目覚めを待った相手だった。赤い髪をしたリュールの隣で、不本意な殺しを手伝っているときもその関係は続いていた。彼にとって自分は、命綱とも心の親ともいえる存在だったはずだ。
「リュールは……僕にとって、家族のようなものだ。ルミエルの意思を繋いで、命を賭けて助けたい相手であるのは間違いない。しかし……」
「それは、本心か」ベレトがひっそりと言った。「口にする前によく考えてほしい。マルス。君の返答次第で、私たちは選ぶ道を決める」
「戻ってきて急なことをと思うだろうが、今すぐにとは言わん。その態度の本心がどこにあるのか、自分の中ではっきりさせろ」アイクは眉根を引き寄せて、立ち去った。ベレトも一瞬マルスと目を合わせ、その戸惑いを受け止めた上でアイクの後を追う。ミカヤは何も言わず、目をつむって胸の前で手を握っていた。
 マルスは優しい顔をしたままのシグルドを見上げた。いつになく上ずっている声音を抑えることができない。
「どうして、それが必要なんだ。僕は、僕の気持ちが、どうして……その選択に……」
「私たち紋章士にとって、これはとても難しい決断だからだ」シグルドはいった。「正確にいうと、マルス。いまや私と君にとっては、リュールは誰よりも優先すべき存在になっている。ルミエルを喪ったいま、その事実は動かしようがない」
「世界の命運が神竜という存在にかかっているのは確かだ。しかし……」
「――約束の指輪を見つけただろう」
 マルスはハッとした。同時に胸が苦しくなる。リュールの前では平静を装っていたが。自分の指輪とは違う意味をもって誰かの指におさまるのだと思うと、堪えられない気持ちがしたのは事実だった。
「あの指輪は……ルミエルと、……」
 マルスはいいよどんだシグルドの揺れる眼差しを追った。その先にはアネモネの花が咲いている。シグルドの生い立ちと人生を聞いていたのに、マルスにはその先が思い至らなかった。まさか、と思った日はあったかもしれない。しかし。
 傾きかけている太陽の前で、三人の紋章士たちは立ちすくんだ。男二人で言い合いにならぬようその場を動かなかったミカヤが、「リュールに伝えるのよ」と静かに言って去る。
「皆知っていたのか……」マルスは急に恥ずかしくなった。「シグルド、君の言う通りだ。鈍感にもほどがある」
「そういう君だから、私とルミエルは長く共にいられたんだ。可能性も考えず、からかったり苦言したりさえしない君だから」
「苦言なんてするわけがないさ! だって君のかつての人は、もう……それがたとえ魂の上での絆だとしても、いま共にあることこそが現実なんだ……!」
「では、いま共にある人さえ去ってしまった私の頼みを聞いてくれるか。マルス」
「……」
「今のままでは、リュールは約束の指輪を嵌める相手を、君のために見つけようとするだろう。君を安心させるために」シグルドの言葉は重かった。「君自身が真剣にならない限り、リュールはその気持ちを永遠に封印すると私は思っている。ルミエルがかつてそうしたように」
「君は、君たちは、どう話し合ったんだい」
「……私が情熱に正直なのは知っているだろう。しかし答えを出すのはとても遅かったんだ。頭をよぎる人がいた上で、気持ちを伝えることを選んだ。ルミエルは最初、素直に受け入れてはくれなかったよ。私が愛した女性の面影をまだ引きずっていると考えていたしね。それでも共にありたいと願う私の想いを知ってもらい、傍らにいることを選んだ。そうすることが大事だと思ったからだ。私にとっては、返ってこなくてもよかったささやかな情愛の記憶だ。あれは、そういうものだった。だから指輪は彼女自身が持っていたのだ。私は嵌められないからね」
「ああ……僕は、まだわからないんだ。嘘はついていない。リュールのことをそんな風に……これまで千年もの間、ただ見守っているだけで幸せな気持ちになれる、そんな存在として考えていたんだ」
「ルミエルと同じことを言う。それは長いときを過ごしてきた相手にとって、いささか残酷じゃないか」
 マルスは目を見開いた。「え……?」
「リュールの気持ちを考えたことがあるか。夢に見るのは君の面影と記憶。起きて目にするのは、覚えている名前は、すべてマルス、君に集約される。だから約束の指輪を渡す相手を『慎重に選ばなければ』と思うような義務にしてしまっているんだ。本気で想っている人が別にいるならば。愛情を優先しているならば、出てくるはずのない言葉だよ。兄弟を除けば、百年たらずの相手を見つけるのに手間取っている」
「たった百年だとしても……リュールには、肉体を持ってそばにいてくれる人間が必要だ」
「それは君の考えだ、といったら?」シグルドは微笑んだ。「肉体など必要としない、永久の流れのなかで心を通わせることのできる者が、どうして受け入れる資格がないといえるんだ」
「……僕は……」
 マルス。よく考えるんだ、と声が響いた。

 マルスはああ、と声を発した。気づいてしまった気持ちに蓋などできはしない。気づいた端から、喪うことを恐れている。リュールは今のマルスにとって、すべてだった。命の長い兄弟たちでさえ疎ましく思ってしまうほど、その存在を一番に守るのは、傍らで敵の剱筋を弾くのは自分しかいないと感じてしまっている。
 リュールの髪が何色に変わろうと、その目が虚ろに歪んで人を無表情になぶり殺そうと、たった一滴の嫌悪感や憎しみさえ持てはしなかった。こちらから進んで示せる言葉もなかった状態で、リュールはそれを求めてきた。マルスの愛情は蓄積した親愛の情に近かったが、肉体をひとつにして言葉の合瀬を重ねたとき、確かに信じざるを得ない気持ちがあった。
 彼が、ほしいのだ。彼のすべてが。リュールの欲望の縁では、溺れるときに絡める指はマルスの指であってほしい。濡れそぼち激流の波にひとり喘いでいるときでも、その声を拾うのは自分のみであったはずだ。マルス、マルス……と上擦りながら、せつなげに喚ばれるたびに隣で立ち尽くし、玩具を相手に慰めているその姿を目に焼きつけ、すべてを暴いているのは自分だけであり、他の誰も彼の醜態と恥辱に満ちたりた悦楽の泪を知らないことに安堵していたのに。
『ほし。ほし、い』全身が赤く染まったリュールの体は、蠱惑的に汚れた下腹部を突き上げ、邪竜の発情期を堪えていた。『ッ……、ああ……いやだ。たり……ない』
 きれいだ、とかつてのマルスはその姿をぼんやりと見ていた。幼いリュールは見ないでほしいと懇願するのだが、指輪に戻ることはしなかった。指だけ、手足だけ一体化させることもできたはずだ。しかしリュールは性欲の道具としてマルスを使わなかった。自分が男だからだろう、とマルスは寂しく思った。
『マルス、おね……がい』リュールはその頃、まだ見た目も子供だった。『すわって。となりに』
 命令として認識した言葉にだけは従える。それがどれだけ嬉しかったことだろう。ベッドの縁に腰かけた自分にまたがり、抱き締めるように枕を抱えて腰を上下させる。精通もようやく終えたばかりに見える幼子は、そのとき既に数百歳を越えていたのだが。マルスは自分でよければ裸にでもなってやりたい気持ちだったが、その意思をこちらから伝える手段はなかった。リュールはあんっ、あんっと子犬のように甲高く啼きながら、自分のものをしごいていた。
(そんなに激しくしたら、後がつらいだろう)マルスは視線を落とすことさえままならなかった。自分の膝の上で口を開けて絶頂を探ろうとしている幼子を、抱き締めたくてたまらなかった。体があれば、この子を楽にしてあげられる。かき抱いてまだ成長しきっていない陰茎を口に含んでやることもできる。まったく得意ではないが想像を掻き立てる言葉を絞り出して、甘い声音を耳朶に吹き込んでやることも可能だ。
 しかし実際には、ひとりでは至れない境地を探して迷子になったままの少年が、ベッドから落ちそうになりつつもマルスの手のある場所に自分の手を重ねている。
『ごめ……なさ……』はあっ、はあっと息を切らしながら、リュールは首をそらしていた。『すみま、せ……もう、おわりますから。っ……はぁ……ん……! な、なんで、いけないんでしょうか……いつも、なら……もう』
(焦らなくてもいい)聞こえないと知りつつ、心のなかで声をかけていた。(こんなことで君の慰めになるなら、朝まで続ければいいんだ。僕はかまわない)
『マルス。よこ、になって』そのまま押し倒されても、気にならなかった。こぼれ落ちる涙と先走りが、自分を通過してシーツを濡らしていくのがわかった。『ん……! わか、わからないん……です。ああっ……! きょう、なんだかおかしい』
 それがソンブルの戯れだと知っていたので、マルスの眉根は一瞬深く寄った。定期的に盛られている薬によって、殺しに抵抗がなくなるよう仕向けられていることも知っている。リュールはいつもは無表情な紋章士の苦悶の表情を誤解して、再度謝ってボロボロと泣いた。マルスは一緒に裸になって、腰を揺らしてやりたかった。何もおかしいことじゃないと教えてやりたかった。
 でも、リュールは服を脱げとは命じてくれない。紋章士の尊厳を踏みにじっている自覚があるため、それ以上を拒んでいるのだ。
(せめて、己の体が女性であれば……)それは何度も考えたことだった。(彼もためらいはしなかっただろう。服を脱がして、目の前にある幻想というだけでも)
『ひ……ゃあ……! あ、いゃ……きもち、い……ッ』
 汗にまみれた髪と体が、扇情的に狂おしくしなっている。マルスはドクン、と高鳴る体の芯を意識した。そこに肉体はないのに、自分の上で踊りはねている少年の欲望を受けて、心が揺れ動いていく。
『マルス……ッ、マルス! あ、あなたが……わたし、は』
 君がほしい。自分の唇がそう動いてくれることを願った。ほしいんだ。いつも欲してきた。熱を持って屹立したものが腹の辺りで蠢いている。僕をいれてもいい。君を受け入れるのもいい。可愛い声がじきに育って低くなり、大男になったら僕を組み敷いて屈服させればいい。そんなことを思っていた。
『ふく、を』リュールはかぶりを振った。『だ、だめ。いまのは、なし……です!』
 こんな自分の体でいいなら、いくらでも捧げてあげたい。一瞬だけ邪竜の命令に動いたマルスの体は、マントを支えているブローチの辺りでさ迷った。しかしリュールがそれを許してくれない。彼は代わりに何かを思いついたらしく、喉を鳴らした。
『……っ……』目線がつい、と下がっていく。マルスの半開きの目と無表情な顔は、リュールにとってはソンブルに軽蔑されている時の視線と同義だった。それでも、思いついたことを為したくて体はそこに集中する。マルスの下腹部に顔を寄せると、リュールは自分の腰を天高く突き上げ、枕をその位置に持ってきた。
 じゅる、と唾液をすすりあげる音が響く。そこにマルス自身の股関はなかったが、リュールは枕の端を半ば噛んでいた。両足に挟んだ部分では、自分のそれを擦りつけている。
(頭を撫でたい……)マルスは手を持ち上げたくてたまらなかった。自分の欲求だけに従えば、精神体のマルスのそれがリュールのものと同じくらい膨らんでいることに、彼も気づいただろうに。そうすれば行き場のない情念を擬似的であっても慰めてくれようとしている少年が、自身を責めさいなむこともなかったろうに。
『う……うう……マルス……、わ、わたし……! も……いく……ッ』
 早まった腰の動きに、突き上げた尻に刺さった棒状の張り型に、てらてらと輝く小さな肉の塊が合わさって卑猥だった。 
(リュール。僕は、君を)
 あああ、と悲痛な声と共に漏れ落ちる。吐き出した後もびくんびくんと痙攣しながら、むなしい喘ぎを押し殺す少年を愛しく思った。




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