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2024/05/02 

 ふふ、と笑った声に顔を上げる。シグルドが笑いを堪えて、そっぽを向いていた。その脇をクロムが怒ったように肘で小突く。
「なんだい」マルスはきょとんとしてしまった。
「ほら、気づいていない」
「よせ……はしたないぞ、シグルド」
「私は何も言っちゃいないさ。君が気をまわしすぎなんだよ」
 大きな巨体を互いにぶつけ合いくすくすと笑っている姿に、マルスは珍しいこともあるものだと思った。シグルドは紋章士の間でも落ち着きがあり、感情を露にすることは滅多にない。クロムの前ではリラックスして見えるな……と考えたが、それ以上よけいな詮索はしないことにした。クロムには半身と呼ぶほどの相手がいるし、シグルドはシグルドでかつての想い人を懐かしく話すような存在なのである。マルスにも許嫁と呼べるくらいの相手はいたが、魂の分離と共に遠い存在になっているのを実感していた。
 ひょっとして、と思ったことはあった。クロムはシグルドと違い感情の変化がわかりやすい。今も自分とさして変わらない身長の相手と対峙して、普段と変わらない風を装ってはいるが……シグルドの前ではからかわれるたびに反応したり、ときおり切ない目を向けることがあるのだ。シグルドはシグルドで自分に対するそれとは違い、年下の弟を可愛がるように、何かとクロムを呼びつけている。その関係性に、何かしら変化があることは知っていた。
 マルスも立場としてはさほど変わりはしないのだが、以前から自分たち二人は不思議と彼ら紋章士のことを自分の子供のように愛でている節があった。そのことは他の紋章士も受け入れているように感じていた。あのセネリオでさえ例外ではなく、リーダーとしてというよりは敬うべき祖先のような扱いで、どこか寂しいような気持ちを味わったことがある。
 シグルドが唯一、マルスを友としてではなく後輩のように諭したのはリュールのことだけだ。恋愛経験が豊富ではない自分を気づかってくれたのだと、マルスもわかっていた。
(ああ……そうか)
 気づいてない、とはリュールのことか。
「すぐ見破られてしまうな。シグルド、君にはかなわないよ」
「すまない。つい、君たちを見ていると……昔を思い出してしまうんだ。以前より、君はとても強くなった」
「……僕が?」
「マルス。焦らなくても、リュールは君を受け入れているさ。互いが思っているより、ずっと深いところでね。信じられないときは、私の言葉を思い出してほしい」シグルドは静かに続けた。「愛が目覚めるまでの間、君たちを傍で見守っているのはもどかしかった」
「シグルド……他にもう少し、何か言いようがあるだろう!」クロムが先に沈黙を破った。「なんでそんなに歯が浮くようなことばかり……」
「おや。妬いているのかな」
「や……誰にだ。マルスか? マル、マルスも何を笑ってるんだ!?」
「ははは、ご、ごめん。妬いてもらって光栄だよ」
「違っ……! もう知らん。勝手にしろッ」
 態度の矛先から消えることもままならないため、クロムは踵を返して食堂へ去った。ルフレのところに向かうのかもしれない、とシグルドを覗き見ると、彼は嬉しそうにクロムの背中を見守っていた。
「シグルド」
「からかいすぎてる自覚はあるのさ。特にこうなってからはね」
「……いつからか、聞いてもいいかい?」
「そうだな。君には話しておいても……いや、またの機会にしよう。今は君たちの行方が気になる」
 マルスは腕を組んだ。「全然気づかなかったよ。てっきり君は……いや。ルフレは知っているのかい?」
「一番にバレた。なぜなのだろう」シグルドは首をかしげた。
「戦略に長けているぶん、人をよく見ているからかもしれないね。それに彼はクロムの半身というだけあって、クロム自身も理解してない感情を読み取っているのかも」マルスは笑った。「一番ということは、他にも?」
「聞いて驚くなかれ。ベレトだ」
「……教師時代にたくさんの生徒の色事をまとめたって話は本当だったのか……」
「まあ、現代進行形なんだ。今度は君が私たちを見守ってくれ。マルス」



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