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2024/05/02 

 焔の爆ぜる音に耳を澄ませて、叩き込んだ剣の位置を一拍遅れて確かめる。倒れたと同時に消え失せた敵の姿に、心臓が喉まで競り上がってくるような心持ちでいた。頭上からの声が「落ち着いて。もう大丈夫だ」と繰り返す。
 砂埃が舞う嵐の夜に、襲撃があった。怒声のする方角を一瞬見やるが、順序を間違えるなと叱責がとぶ。灼熱の大陸は朝夕にその姿を変え、地方によっては於曾毛を震う寒さだった。握り直した柄に細身の布地を巻く。蠍用の手袋を買うべきだったな、と一瞬消えた紋章士がリュールの目の前に再度現れた。
「常なら君は私の力を使わずとも、雑兵を薙ぎ倒して山を越えられただろう。ここでは勝手が違う」シグルドは目立たぬよう騎馬を出さず、身を低くしてリュールの隠れている崖に揺らいでいた。「――マルスの指示を待った方がいい。彼は戦術だけでなく近接距離での攻防戦に長けている。誰が彼を所有していたか覚えているかい」
「アルフレッドに託しました」眼を開けていられないほどの強い風で、喉が詰まる。シグルドが風がおさまるまで喋らなくていい、と手を上げるのに頷いた。しばらくして口を開く。「騎兵が多いので自分が一度奥まで進むと。シグルド、あなたの力で彼を先に行かせたほうがよかったのでしょうか」
「そうかもしれない。しかし騎兵であれば今のマルスは逆に有利だ。彼らを信じて待とう」
 石段の影に体を隠し、凍える寒さに歯を食いしばる。単純な自分の戦略ミスだった。増援が来ることは理解していたのに、東と西で退路を見誤ったのだ。弱音を吐いている状況ではないが、想定していたより全体の数が多すぎる。
「リュール」シグルドを援護につけることはほとんどなかったため、聞き慣れぬ声が妙に反響する。「昨晩、皆が熱中していたチェス盤を見たかい」
 待つことしかできない時間に、父親のような存在の紋章士が不安を打ち消すよう話題を変えてくれる。
「ええ……アルフレッドは敵駒の動きをよくわかっている素直な打ち方でした。卑怯かもしれないが囮を出したほうが早い、と。勝負の行方はあっという間で、ユナカが勝ちましたが」
 彼女は女王を引き合いに出してポーンで艶やかに取った。てっきり逆の動きで最強駒の女王を動かすと思っていたのだが――リュールはそんな定石を見たことがなかったため、すごいすごいと手放しで褒めてしまった。アルフレッドは歴代最速の勝負にまいったなあと破顔していた。
 夕食後の軽い遊戯だったが、駒には直接触れぬ紋章士が次々と指南を出し合い、最終的に連勝記録保持者のルフレとセネリオの終わらぬ泥仕合で決着がつくまで、誰も床につこうとしなかった。両者の打ち合いを盤面遊びが得意でないパンドロとスタルークが引き受けたが、眠気に負けた二人の顔が木盤を直撃してしまい、勝負は持ち越しとなった。
「珍しく上機嫌だったセネリオがあと少しだったのに、と……あんなに白熱した闘いは見たことがありませんでした」
「彼は長期戦だとルフレに勝てたことがないからね。ルフレも連勝記録が危なかったと苦笑していたが、最後まで戦局を変えることを諦めていなかったし、悔しかったと思うよ。逃げ場となる駒の手数は多くなかったから、勝負はついていたようなものだが」
 諦めが悪いのが僕の利点だ、と残り三駒で盤場をひっくり返したことのあるルフレは、あの段階からでも打開策を捻り出したように思う。もっとも、詰め将棋の得意なセネリオの駒の手は尋常ではなかったため、追いつめられていたのは事実だが。
「アルフレッドは戦場でも同じように一直線でしょうか。距離が離れることが多いので、まだ皆の性質や心の癖を読みきれてないのです」
 シグルドの指輪については、ルミエルから託された一番最初から、アルフレッドに添うことが多かったのでリュールは聞いた。己が身も策術に長けているとは言い難いが、指輪の采配については完全に任されている状態であるため、どうしても慎重にならざるを得ない。万が一合わない組み合わせで預けてしまえば、この先、指輪を失うこともあるかもしれないからだ。
 アルフレッドとシグルドは実際に不思議なユニットで、穏和だがつかみどころのない優しい絆で彼らが結ばれていることを、リュールはありがたく思っていた。顕現はできても相性まではどうすることもできない。普段は見せない慈しむような眼差しが、長い前髪の間から注がれる。成長を急ぐことなく見守ってくれている存在が心強い。
「彼は槍を使うし真っ向勝負型だからね。ただマルスをつけているときは違う動きができるだろう。マルスは敵の剣の前に自分をさらすことに一切の躊躇がない。精神体といえど衝撃は受けるというのに、あの持ち前の素早さで切り抜けてしまう。ユナカとの試合をもしアルフレッドが覚えていたら、反対方向からマルスが囮として出ると言っても反対はしないはずだ」
 リュールが握りしめた左手の指輪は、いつもと違う光を放っている。相談して交換したやり取りを見ていたとはいえ、シグルドも察した。これはアルフレッドというよりーーマルスの心配をしている?
 千年もはめていて片時も離れることのなかった存在を、別の人間に渡しているのだ。心細くなっても仕方ないかもしれないな、とシグルドは少し笑ってしまった。寒さも相まって縮こまった体が、捨てられた仔犬のように見える。決して華奢というわけではないのだが、斜の入ったようなリュールの面立ちが線の細い印象を与えていた。
「手を出してごらん」指輪をはめる癖か手の甲を向けた竜の子に、裏返すよう自分の両手指をくるりとする。「ふむ。君は剣を持っても武骨にならないようだな。よい手のひらをしている」
「そうでしょうか」
「竜族の特性なのかもしれない。戻ってきたら、マルスの手を見せてもらうといい。彼の指は長いためわかりづらいだろうが、ああ見えて武人の手だ」
 シグルドの手は大きな袖に隠れて暗闇では見えない。リュールの視線に気づいて、見せようかと服の袖をまくり上げ、唇で引き下ろす。セクシャルが服を着て歩いていると誰かが形容したとき、リュール自身はその意味が理解できなかったが、こういうことかと赤面した。マルスはマルスで、一挙一動が絵になる美青年と表現されてたっけ。頭髪が派手なだけの自分はいったいなんなのだろう、とリュールはひっそり落ち込んだので顔色は無事もどった。
 青い光と靄に包まれていたシグルドの指は意外にも節々が野太く、彼自身のオリジナルである本体にもきっとあるのだろう、細々とした傷に覆われていた。
「指輪に宿るまで直った端からマメが潰れて、見るも無惨だったんだけどね。そういうつらさとは無縁になった代わりに、鍛練で肉体が変わる楽しみも味わえなくなった。しかしアルフレッドにつきあっていると、心が鍛えられていくのを感じるよ」
 リュールは紋章士がどういう存在であるのか、詳しく聞いているわけではなかった。しかし彼らは自分が眠りこけている間も姿が変わらず、そのままの存在で力を貸してくれていたと聞く。
 互いの手を掴むように差し出すと、触れてもいないはずの肉体が確かにそこに存在するのは何故なのだろう。一体となったときに感じる肉体は、果たしてどちらのものなのか。
「――待たせたね!」
 遠くから近づく気配を察知していたはずだが、姿が見えるより早く声が届いた。暗闇にもまぶしいブロンドが、陽光の代わりに火の粉を受けて一瞬緑色に染まった。半分透けているマルスが被さると、こういう色になるのかとリュールは唖然とした。
 アルフレッドの肩に担がれるようにして座っていたマルスが、すとんと降りる。砂粒は舞わない代わりに、青白い空気が光を伴って起動を描く。
「リュール。うまくいったみたいだ。アルフレッドは言葉を交わさなくても反応してくれるから、思ったより早く――二人とも、どうしたんだい?」
 シグルドがつないだ。「その移動法に興味があってね。重みは感じないだろうが、私は担げるのかな?」
「いつもの通り、浮いてるだけだよ」マルスが応えた。
「どうだろうね。神竜様は楽勝だけど、シグルドはキツいかもしれない。僕の貧弱な上腕二頭筋では、君の立派な大腿骨をホールドしてるようには見えないからね」
「……浮いてるだけだってば」マルスが目をすがめた。
 状況も忘れて軽快なやり取りをしているが、アルフレッドはその間も全力で槍の先を研いでいた。「突いた端から次々現れるものだから、短時間でなまくらに早変わりさ。マルスが四方八方に動いて気を逸らしてくれたから研ぐことができたけど、危ないところだった」
「本当にすみません。こちらから下手に動くと、反対方向の仲間たちが囲まれてしまうので……」
「いやいやとんでもない神竜様! 無事でよかったよ。ではシグルド、次は君の番だ」
「ああ。……っと、肩は遠慮しておこう、アルフレッド」
「指輪の話だよ。神竜様、悪いが交換してほしい。マルスは移動が速すぎて、僕の動体視力では追えないときがある。足を引っ張りたくないんだ」
 それはもちろん、構いませんが……と顔を上げると、蒼い瞳とかち合った。煌めく深い湖のような光に、吸い込まれそうになる。「いこう、リュール」
 武人の手というには綺麗すぎる爪が、すっと目前に差し出される。いつもと逆手だ、と気づく前に、アルフレッドの求めに応じて抜き取った指輪をその指に嵌めようとしていた。
「何をしてるんだ」
「こっちだこっち。心配しなくとも、神竜様の手をわずらわせたりしないさ。指輪くらい自分で嵌めるよ」アルフレッドがムッとしたようにマルスの指輪を抜き取る。「君は独占欲が強すぎる……」
「何かいったかい?」
 にっこり微笑むマルスの顔をシグルドの呆れ顔と見比べて、リュールは慌てた。「あの。これは、違うんです! 目の前にきたから、つい、勢いで!」
「ああ、わかってるとも。そっちの小悪魔は帰ってからお仕置きだ」
「神竜様はいいんだよ。マルスの即戦力に助かったのも事実だからね。でもシグルドに同意見だ」
 ちょっとからかっただけさ、と嬉しそうに笑うマルスを見て、リュールは安堵した。実際のところ気持ちの行く末は周囲に筒抜けだが、当人だけは知られてないつもりでいる。
 指輪を嵌め直した手を、今度はいつも通り手のひら側で迎えいれた。繋げはしない、でも確かに繋がっている長い指が、手首まで引き寄せられたように前へ、前へと。
「では。ここからはいつも通りで。行こうか、神竜様!」
「機動力を見せようか。囲まれないうちに残兵を片づけるぞ!」



「昨日のあれはまぐれかい? セネリオ。どうしてもと君がいうなら、二手前まで戻ってあげても……」
「――うるさいですね。さっさと終わらせましょう」
 ぱちり、ぱちりと音が響く。紋章士本人たちは、疲れきっている人間の後ろで腕を組んだままだ。
「ああ……眠い。なんで勝ってるのか意味がわからねぇ。やってられねぇ……」
「パンドロ、すみませんが僕の分も打ってくださいぃぃ……睡眠不足で、僕はもう……」
「スタルーク。あなたには失望しました。そこは違うと言ったでしょう」
 冷たい声に泣き出す者やら、「おや。余裕のなさの表れかな?」と煽る者やら、「いいでしょう。魔道書でチェックメイトです」「鍛練する余裕があるように見えるか!?」と違う乱闘が始まろうとしている後ろの机を後ろにして、リュールの腰はソファに沈んでいた。
「僕の手は堪能できたかい」マルスは誰かがしまい忘れた向かいの椅子に、足を組んで腰かけている。そうすると腕まで露になって、普段は見えない筋が細腕にも際立った。「正直こんなところまで見られるのは恥ずかしいよ。もっと観賞に堪えうるよう手入れをしておくんだった」
「手入れをすると変化があるんですか?」
「いいや。まあ指輪を磨いてくれたら、綺麗になるかもしれない」
「マルスの指は長いですからね」片手を下から空中で合わせると、ふふっと互いに笑みがこぼれる。「磨きがいがあります。あとで……その……」
「楽しみにしてるよ」
 はずした手甲のバンドをマルスが留めていると、「やっぱりお邪魔かな」「お邪魔だろうね」と同じ机で紅茶を飲みながら、アルフレッドとシグルドがやれやれと頭を振る。なぜかリュールの隣に同席させられていたクロムが、「俺は何を見せられているんだ……」とかたまっている。あらかじめ被害者を確保しておいたおかげで、それ以上の深手を負うことはなかった。――しかし。
 チェス盤を置いたテーブルはそうもいかなかった。
「僕の勝ち、でいいね。今夜も楽しかったよ。セネリオ」
「……エントランスに出てください。今すぐ決着をつけましょう」いつになく好戦的なグレイル傭兵団専属の魔道士が、同じく傭兵団上がりの得体の知れない厚着男ーーセネリオの主観による形容――の腕をとった。
「お、おい。終わったんじゃないのか?」
 クロムが慌ててふたりを止めに立ち上がるが、「やらせたほうがいい」とシグルドが囁く。「――同感だね」とアルフレッドも鉛のカップを手に取った。ぷるぷるしている。
「君がその気なら、僕は構わないけど」ルフレは勝負がついたとわかったとたん、大いびきをかきはじめたパンドロとスタルークを見おろす。「このふたりは可哀想だよ。日を改めて……」
「怖いんですか。昨夜のような『まぐれ』が」
「君と直でやりあったら体がもたないよ。最悪、戦闘中に足腰が立たなくなる」
「へえ」踵を返したセネリオの挑発が度を越した。「ではさっさと腕輪に戻って、そこの可愛いあなたの半身にくみしかれでもすれば――」
 いい、と続けたセネリオの言葉と、真顔のルフレが魔道書を取り出したパチンという指と、「クロムは駄目ですよ。シグルドが好きなんですから」と爆弾を落としたリュールの声が同時に重なった。
 カフェテラスを支配する長い長い沈黙に、パンドロとスタルークのいびきだけが響き渡る。いい忘れたが、少し離れた遠い席にイルシオン王国第一王女だけがおとなしく座っていた。一刻前に吹き出した珈琲で悲惨な有り様になっている。
 よく見てるなあ……とつぶやいたシグルドのことを、顔から火が出そうな勢いで振り返ったクロムが、「その反応は違う! 絶対ちがうぞ!」と振り回し、流れ弾を食ってかわいそうなアイビーの腕輪から「……大丈夫」と低い声でヴェロニカが出現した。真っ青になったリュールが「あれ、すみません……内緒だったんですか?」と立ち上がるやいなや、頬杖をついて成り行きを見守っていたマルスが「リュール。磨いてくれる約束だったね。部屋にいこう」と微笑んだ。
 流れる室内音楽といびきの調和に、ヴェロニカが悲しそうにいう。「アイビー……ここはいや。もう寝ましょう」
「アイビー王女! 部屋まで送るよ」取り出したハンカチと共にアルフレッドがすかさず立ち上がる。夜も更けているのにと異性の申し出を断りかけたアイビーが、「そ、そうね。お願いするわ」とフラフラ出ていった。
 下を向いたまま向かい合っている魔道士たちに、「ル、ルフレ……」と伸ばしかけたクロムの指をシグルドが取った。目線がかち合う。何も言うなという強い視線に負けて、促されるまま指輪の間に移動した。
 人の気配がなくなり、しん……としたテーブルの上で、とうに目が醒めていたが空気を読んで起きられなかったスタルークがガバッ! と起き上がった。それまで微動だにしなかったルフレが「うわあ!」と心底怯えた声を出す。心臓が爆音を鳴り響かせ、一人天国にいるパンドロのいびきだけが現実感を漂わせていた。
 いっそ今ので笑ってくれないかな、とセネリオの様子をうかがうが、脇を向いて震えたまま彫像のようだとルフレは思った。非力なスタルークが起きないパンドロの頬を連打しているのを止めて、「すまなかったね。僕たちが出て行くよ」とルフレはエントランスに向かった。
 少し後を置いてセネリオが、「パンドロには明日、自分から謝りますので」と。スタルークはいつも冷徹な態度の魔道士の喉から、そんな声音を聞いたことがなかった。
「起きてくださいよ、パンドロぉ……」
「うぇー……い」
「うぇーーーーい……の場合じゃ、ないですったらぁ……」



 空に杭を穿つ星たちの間を、地に足をつけぬまま二人の紋章士が流れていく。ここでいいか、と腰を落ち着けられそうな回廊の際で、ルフレがようやく振り返った。
「ああ。ちゃんとついてきてくれてたんだな」
「……」
「ごめん。頭に血がのぼってしまって――それにチェスのことも」
 英雄王で知られた彼のように、いつの間にか自分の元を離れていたその子孫のように、手を差しのべてくる。周りよりいくらか低いその身長に似合わず大きな手だと思うと同時に、体ごと引き寄せていた。
「――ん?」
 抱きすくめられたルフレがすっとんきょうな声をあげる。
「勝てないから」セネリオは繰り返した。「何をしても勝てそうにないから」
 さっさと終わらせましょう、と続くのかと待ったが、待てども待てども続きの手が出ない。(想定外だなあ……)と悠長に待っていたルフレが顔を覗きこむと、ぎゅっと目を瞑ったまま端正な顔が近い。
 ちゅ、と音をたてて唇を合わせると、反応が返ってきたことに驚いたのか、大きく目を開いた。顎に指を添え雪崩れ込むようにくちづける。「……ごめん。いつでも負けてるよ」
 あの場にいなかった彼の保護者の名前で、問いつめないよう堪えた。これはそういうことでいいんだよな、と拡大解釈して、後ずさる腰を捕らえ端まで追いつめる。まあ紋章士には意味を為さないのだが。
 壁際をすり抜けなかったので合意を得たと判断して、堅く閉じられた唇を抉じ開けるために下から頭を抱え込む。目尻に浮かぶ泪が欲情をそそるので、腰に片足を巻きつけて強引に相手の腰を下げさせた。
「ふ……ッ、っ、ん」精神的なものからくる息継ぎのため唇を離すと、抗議の手がのびてくる。セネリオの体に添わせて後ろ手に曲げれば、抵抗は少しおとなしくなった。「ッ、!」
「協力しなくていいよ。君、わざとやってるのかってくらい、煽るのが上手だ」
「どっ、ちが……!」
「だから最終的には僕が全敗だ」
 ぱっと手を離して整えられた石檀の椅子に座らせてやる。跨がった状態で自分で外套を脱ぎながら啄むようにキスをしていると、「こ、ここでは……!」と今さら無茶な要求が来た。半脱ぎの無様な姿で「腕輪同士を擦り合わせたら、君のいう『可愛い半身』とやらが悶絶しだしてややこしいことになるだろ……」とできもしない内容で睨みつけると、すがりつくような眼差しが返ってくる。かろうじて残っていた理性の欠片が、ルフレから零れ落ちた。
「どうしても嫌なら、腕輪に戻るんだ。勝敗なんてどうでもいいが、最後の忠告だと思ってくれ」
「ルフレ――」
 すきだ、と唇が動いたので、迷わなかった。前見頃をめくりあげ、急所を手繰り寄せる。本能で逃げようとする胸を横に突いて、ようやく開いた唇を再度奪った。からめとって暴いていくうちに、不思議と精神的には落ち着いていく。焔のごとく揺らめいてた蒼い霧が次第に晴れていき、鮮明になるにつれ多幸感が抑えきれなくなった。
「僕も、ずっと好きだった。いつからだろう、数えるのもめんどくさい障害を乗り越えてまで欲しいと思っていたのは君だけだ。馬鹿だな。直接僕に向いただけ、君は賢いよ」
「どういう、意味です」
 服の上から互いを握り擦ると、疑似に等しい行為でも視覚でやられる。行為中には絶対出すまいと決めていた禁忌の名前をつぶやいた。「――今日の戦闘中、事故のふりしてアイクに喧嘩を売った。まあ死にはしないかと思って。トロンで」
「……」
「怒られると思ったら肩透かしだ。残っている騎兵は全部倒してくれたし。見抜かれてたんだな、あれ」
 荒い息ととめどなく溢れる汗に、かつて肉体を持っていたときはどうしていただろうと思考を巡らす。急におとなしくなった。セネリオが嬉しそうに微笑んでいるのを見て、胸が苦しくなる。
「ああ、わかってる。代わりでいいさ――」
「違う」セネリオははっきりいった。「ああ、君は本当に馬鹿ですね。……嬉しいんだ」
 セネリオからのくちづけと細い手指の愛撫は、甘ったるくて執拗だった。意味もなくうめき声で堪えるが、半騎乗したままルフレは思考力を奪われ、相手の細い手首を掴んだまま先に果てた。「ッ、……! ……ッく、そ!! ほら、敗けた……」
「昨日の勝負、傭兵団のことを引き合いに出したこと」自分の肩口にしどけなく抱きつく魔道士のフードに、顔を埋めながら囁く。「すみませんでした。どちらが優れているかわからせてやる、なんて」
「ゾクゾクしたよ。ああいう脅しに弱いんだ。途中でまったく集中できなくなった」
 男の勝負なんて、先に勃たさせたほうが勝ちだからなあと笑う。逆じゃないのか、と聞く暇も与えず石段に押しつけられて、服の間から黒い手袋の革の感触を思い出す。記憶の断片がそうさせているだけだとわかっていて、興奮しすぎると苛立ちで真っ白になる癖に気がついた。屹立した己を慰めて、悔しさに身悶えしていたことを知っているのだろうか。

「セネリオ」

 自分だけ優位に立って、気がつくと長期戦に持ち込まれている。逃げられないよ、と薄く開いた酷薄そうな唇が声にせず告げていた。



 

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