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2024/05/01 

 寝惚けて梁に頭を打ったのは一度や二度ではない。成人以降は急激に伸びた身長に、いまでもレックスは苦戦していた。古びてホムス寄りに作られたコロニー9の建造物に慣れるころ、古巣を離れて迎え撃つ回数も増えた。幾度と知れず頭突きを繰り返すレックスの生傷を見ていられなくなったのか、当時の大将であるシュルクが「拠点を変えよう」と提案してきたのは、自然なことだった。
「別に今のままで充分だ。テント暮らしに戻るわけでもあるまいし……」
「いや。いまの君ならテント暮らしのほうが回復せずに済む」シュルクがため息で応えた。「居住区がないから仮住まいとしてここを使っていたけど、限界がきてる。互いの部屋も確保できないし、いい頃合いだと思う」
「でも、ここはお前の……嫁さんの実家なんだろ。この木造だと鉄骨の二倍の早さで、誰も住まなくなった途端に駄目になるぞ」
「思い出があるからここを選んだのは事実だが、彼女の家は増築されて、この広さだった。水辺が近いから助かったけど、拠点そのものも水の確保が容易になってきたしね。危ないから人に明け渡す気はないけれど、ここまで使ったら倉庫にしても家主に怒られたりしないと思う」
 レックスはさっそく荷造りを始めようと立ち上がったシュルクの腕をぱしっと掴んだ。「待てまて待ってくれ。俺の話を聞けって。とりあえず朝飯にするから、そこに座れ」
「……怪我を見せて」
 有無を言わさず引き寄せられた椅子の背を、仕方なしに抱き込んで自分が座り、立ったままのシュルクを見上げる。髪はまだ肩から少し伸びた程度だったが、好色家が色めき立つほど華奢だった体躯は何処かへ消え失せ、万が一があっても片腕だけで生活できるようにと鍛え上げた肉体に仕上がっていた。思わず目の前にある筋肉質な腹を撫でると飛び上がる。
「なにするんだ!」
「いや。数年でよくここまで育ったもんだと思ってよ……」
「君が頭を打たなきゃ今日も日課のトレーニングに向かったよ。トレーニングスーツは薄いんだから触るなら許可を取ってからにしてくれ」
「減るもんじゃなし。拠点を変えたら生活は別にするって話だったろ。俺は一向に構わんが、朝晩ろくなもん食えなくなって縮んでも知らないぜ」
「君なあ」シュルクは義手を握り締めて音を鳴らした。「こっちで食らったら歯が何本欠けるか試してもいいんだぞ」
「好きにしろよ。言い出したら聞かねぇんだから」
 他愛ない口喧嘩の間にも、打ち所が問題ないか髪を掻き分け、氷の用意を取りに戻る。議論に持ち込ませず動き回る理由の原因が、頭の怪我でないことは知っていた。レックスと別宅にしたいわけがあるのだ。
「これで女を連れ込みたいとかだったら、まだ安心だけどな……」
「何か言ったか? 氷嚢ができるまで頼むからじっとしててくれ。この間みたいに倒れられたら僕にはどうにもならない」
「……わぁったよ」
 最初から一緒に暮らすことを推奨したわけでなかった。貧しく荒れ果てた拠点の使える場所はほんの少しで、野党に襲われたらひとたまりもない状態の壁や床だけだった。かろうじて使える場所にベッドを置き、炊事場を整えたころ、野外ではそれなりに頼りがいかいもあったシュルクに、まさかの事態が発覚。生活能力があまりにも欠けている……朝同じ時間に起きて夜眠り三食たべる、ただそれだけのことが全くできない。怠けているのではなく、仕事熱心がすぎるせいで寝食を忘れるタイプだったのだ。
 仲間が増えて移住者もできて、拠点リーダーを決めないと話が纏まらないとわかると、レックスにしようと提案されたが断固として断った。こいつのサポートにまわるほうが先決だ。事情を知る右腕左腕からは気の毒がられた。一方見た目とは裏腹に生真面目なレックスは、寝間着と普段着が同じだろうが朝晩カビたパンひとつだろうが、まったく気にもとめようとしない美丈夫に立ち向かう羽目になった。
 三年だ。およそ丸三年かかった。飯を作り朝ですよとフライパンをかき鳴らし、書類仕事と体の管理に追われるシュルクの面倒を見るのに一年。なんでもかんでも頼みごとを聞きまわり、役割をこなすついでに素材集めという名前のゴミ拾いを手伝うこと更に一年。帰りが遅いと慌てると知らない奥地まで一人で探索に出かけ、疲れ果てて魔物と一緒に洞窟でスヤスヤと眠りこけていること一年。
「僕の親代わりだった人が自由人でね。ふらっと家を出たきり三ヶ月ほど帰ってこないのが日常だったから」というので、嫁さんはどうやってあんたをしつけたんだと聞けば、「さすがに僕だって子供ができてから多少は……」と口を濁す。「どうせ子守りを頼まれたのに忘れて逃走されたんだろ」とかまをかけたら、うなり声を上げて突っ伏す始末。
「レックス。君には本当に悪かったと思っているよ」シュルクは晴れやかに微笑んだ。「君の朝御飯が食べられないのは非常に残念だけれど、明日からは達者でやってくれ。ね!」
「俺がいなけりゃ、夜半すぎまで機械いじりできるもんなあ? この御時世で鉄も鉛も貴重なんだぞ!」
「わかっているさ。あれはその、ほどほどにしておくよ。ご飯も食べるし夜は寝る。もともとお酒もやらないし、前の世界では常識人で通ってたんだ。なんとかなるさ」
「まあ、あれだな。結婚して奥さん任せの駄目になるタイプだった可能性が高いしな……一人暮らしのほうが向いてるか」
「それどういう意味だい」
 特に致命的なのが料理関連だった。本人も多少は自覚があるものの、家事全般が不得意なのは間違いない。現に氷嚢と称して豚の皮で綴じた氷はいい加減な縛りのせいで水が床まで滴っているし、シュルクが得意とする武器の手入れと比べれば雲泥の差だった。
「いや。他意はねぇけどよ」失言はさらりと口からこぼれた。「お互いひとりが長いことはこの世界線では確定してるんだーーいい女の一人でも見つけたときに、俺がいるのはまずいだろう」
 僕にはフィオルンだけだッ、と赤面しながら返ってくることを期待していた。なぜだろう。からかいたくなったわけではない。ただ……。
「なぜ君がいてはまずいんだい」
 え? とシュルクのほうを振り返る。怒っているのか笑っているのか、そのどちらかを予想していた。
 なぜそんな、と声が意に反して、自分の声が上擦る。なぜそんな悲しげな顔をするんだ。鍛えてもなお、まだ可愛らしさの残った女性的な顔が近づく。
「お、おい」打ち所が悪かったのは本当なのだろう。離れようと身をよじった椅子から、レックスは無様に落ちた。「いっ……ッ、!」
「大丈夫かい」
 いつもの優しげなシュルクだ。「その様子だとつらそうだ。引っ越しは来週にしようか」
「シュル、ク」
「レックス。たしかにそうだね。君のいうとおり、女性は必要になるかもしれない。この世界でどれだけの時を過ごすか決まっていないし、帰れる保証もないのだからね」
「シュルク!」
「君は三人の女性とそうなったって聞いたけど、あれは本当かな」床に膝をついたシュルクは、体の自由が利かないレックスを麻布で器用に縛り上げた。「僕は案外、まっすぐな君のことだから、本当に大事な存在は一人と決めてたんじゃないかと思うんだ。だから君には女性は必要ない」
「……お前は」
「僕? 僕には必要だね」
 だから、と声は続けた。レックス。君が僕のオンナノコになってよ、と。

 シュルクをしつけるのにかかった時間は三年だった。
 レックスをしつけるのにかかった時間は、その三倍だった。

「自分から手に入れようとしたことがないから、わからなかったんだ」
 五倍は伸びた髪の長さで、首でも絞めてやろうかとレックスは思った。
 体躯に合わぬ怒頂がみちみちと自分の後ろを拡げている。動くなと長い金髪を引っ張るが、逆に深堀りされてうぐぅと変な声が出た。レックスは開拓された己の処遇とシュルクの股間事情を、九年かけて知った。
 嫁さんに隠れてパーティー全員と寝ていたばかりか、敵やらケヴェス女王の義理兄にまで手を出していた、だとぉ!? ふざけんな! この味を知った後だとあり得そうなのが怖い。
 何十人でも渇れなかった聖なるエーテルを一人で受け入れてくれるのは君しかいないーーじゃねえんだよ。こちとらせいぜいパーティー全員と寝たところ両手指だよ。どうなってんだお前の下半身! と剥いてみれば、なかなかご立派なーーこれで少年時代は短パン履いてたのか? と聞きたくなるような凶悪なブツがそこにあった。
「君が早々にあの家から出ていきたがっているのは知っていたけど、離れて暮らしたほうがいいなんて言うから焦ってしまった」
「は、はあ!? おま、お前……いま、それをッ……今さら言うのか!」
「動いていいかい」
「駄目に決まってんだろ! ッチィ……! 相変わらず、くっっっっそ重てぇし! あぁんッ、ぐっ……! 腕! 俺が上で動いてやるから、腕をのけろ!」
 そそるなあ、と右拳を食みながら、嬉しそうに見上げてくる。「てっきりあの朝、君が誘ってるんだとばかり思ったんだ。氷嚢じゃなく闇市場で取り寄せたホレルゲンをかけて――まあ最初から君とは最大限度までハートが……」
「うるせぇ。べらべら、喋ってる、暇が、あったら!」あふん、あぅ、はぁぐ、と息が漏れる。「揺すれよ。下からァ!」
「……君どの体位もうまいな。さては奥さん三人以外にも男がいたな?」
「シュルク……ッ、口がまわりすぎるんだよ、おめぇさんはよ!」
 自分からいいところに腰を打ちつけていくが、一向に萎える気配がない。こいつ遅漏のくせにサボってやがるな、と気づくのに時間がかかった。便利なディルド扱いにして貪っていると、横を向いて噛み殺し始める。やっとか。
「へへっ。気持ち、いいか。俺のけつま」
 ばっと口許に当てられた手のひらを舐める。「君に言葉攻めを教えた人間は下手くそだ」と罵られた。ちぇっ、アイツはちょっと下品なくらいが興奮してくれたんだよ。お前も耳まで真っ赤じゃねぇか。
 疲れた躰を入れ換えられると、いつもは冷静で穏和な男の綺麗な顔に、玉の汗が浮いている。「君を抱くときは、熊と寝ている気分だ」と誉め言葉をいただいた。音をたてて汗をすいとれば、もうっ、と中年男が吐いていいような言葉じゃない叱咤を受けた。
「シュル、ク……いいぜ……やっぱり、俺は……」
「明日はどっちが先に逝くか勝負したいから、後ろをほぐしてこいって言ったのは君だろ。ほら、約束の時間」バチッと叩かれた尻にあひんと啼いて、横抱きにされた巨体と首をもげるまで捩られる。
「だだだ痛ッ、……おい! この姿勢でキスは命懸けだっつっただろ! まだどっちも逝ってねぇし!」
「……君がその気になるのを待ってたら、日が暮れてしまうよ。とんでもない奥さまだな」
「さすがに嫁さん扱いは一人にしとけよ。俺は便器でいいって」
「いやだね」シュルクが抜けていくのを寂しく思いながら、その体を後ろから抱きすくめ押し潰してやる。悩ましい息を吐くときだけは、可愛げのない顔がかつて一瞬だけ見せた切なげな表情を浮かべる。「レックス。僕の汚れきった体の中で、此処だけは手つかずのままだ」

 君は特別だからね、と聞いたような気もするが、勝負は一瞬でついた。つくづく卑怯なやつだよ。




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